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蟻の王 坂水×亜久里四郎
title by 21



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 ひらひら。ひらひら。うす茶色のアイスバーが、四郎の手で前へ後ろへ揺れる。四郎から向かって、アイスをはさんだ左上には坂水が、右下にある新聞に目を落としていた。アイスのついでに買わせた新聞に、六道に関わる報道が載ってないかとくまなく調べるように言ったのは四郎だ。
 四郎の命令を律儀に果たそうとする坂水の姿は、四郎の機嫌をよくする。だが彼の意識が、いつまでも自分から外れたままなのは気に入らなかった。だから、ひらひら。ひらひら。
 初めは無視していた坂水も、四郎のしつこさに音をあげる。わざわざ四郎のために買ってきたものが、自分が反応しないうちにとけて無駄になってしまうのもいやだろう。
「もう、汚れちゃいますよ」
 目まで届く、ながい前髪の奥で坂水の眉がひそめられる。ようやく四郎を映した坂水の目と意識に、四郎は満悦げに歯を見せた。
「アイスが? 新聞が? それともお前が?」
「とけたアイスに、亜久里さんの指が」
 日の高い暑いさかりに、窓やステンドグラスからは容赦なく真夏の太陽の光がふりそそぐ。坂水の言うとおり、かたく凍っていたはずのゴリゴリ君アイス東京限定味の角がゆるんでいる。
 いまだつきだされたままのゴリゴリ君に、坂水の顔が近づく。肉厚の唇が開き、赤い舌がぬっと顔を出し、アイスの側面にそってたれていた雫をすくいあげた。このとき、バーを持つ四郎の指先を、坂水の舌先がかすめたのはわざとだろうか。蟻にはいのぼられているかのような、むず痒い感触に、四郎はアイスを持つ手を持ち替えて、坂水に舐められた指を口元にひきとった。
「やりやがったな」
 坂水に舐められたかもしれない場所に、四郎は唇をあてて片眉をあげた。坂水の味がする。
「あれ? 食えってことじゃなかったんですか」
 きょとんと目をまるくする坂水は、本気なのかとぼけているのか。後者だと断じた四郎は、意趣返しにアイスをさらに坂水へとつきだした。口元にぐいぐいと迫るうす茶色い物体に、坂水の首と背が後ろに反って距離をとる。
「おう、だからちゃんとかじりな」
「パシリ代ってやつッスかね」
 四郎の言葉を額面どおりに受け取った、坂水はゴリゴリ君に鼻をひくつかせる。地元のゴリゴリ君はうす青い色のソーダ味だが、目の前にあるのは東京限定品。あずきバーのような色合いに、坂水はやれやれと息をついて腹を決めた。
 ひんやりとした空気をおろす角に、伏目がちの坂水が近づく。まつげのそろったまぶたを下ろしたまま、唇がうっすらと開いていくさまを四郎は食い入るように見つめた。
 並びの良い、坂水の白い前歯がゴリゴリ君の角をとった。自分がかまれたわけでもないのに、四郎の肌がざわつく。対して、坂水の眉はひそめられた。
「……何味、でしたっけ、コレ?」
「東京限定もんじゃ焼き味」
「アイスにもんじゃ!」
「どーよ、お味は」
「……ソースが香ばしいっすね」
「てめぇ、んな感想でナメてんのか。もっぺん食え」
「えー」
 亜久里さんが買ってこさせたんでしょ。亜久里さんが食べてくださいよ。好みの味でなかったのか、不平をこぼす坂水に、俺も後から食うからと四郎はもうひとくちを強要する。横暴な四郎の命令に、坂水はしぶしぶといった体を装いながらも口を開く。やはり従順な彼の姿に、四郎は満足の笑みを深くした。
 坂水の口の中に、もう片方のゴリゴリ君の角が吸い込まれた。それを見届けて、四郎は長椅子から腰を浮かせて身を乗り出した。アイスを持った肘で、器用に坂水の新聞を持つ手を遠ざけると、四郎は首を伸ばして坂水の顔に重ねる。たった二口分のアイスで、坂水のぽってりとした唇がもう冷たい。ひんやりとした感触は、背中を焼く太陽の存在を忘れさせた。
 唇でこじ開けた隙間に、舌を押し込んで歯列を割る。さしたる抵抗もなく、四郎の舌は坂水からゴリゴリ君の破片をかっさらうことに成功した。すでにとけかけていたアイスは、四郎の舌の上であっさりと姿を消す。冷たさと甘い味覚が広がり、坂水の言うソースの香ばしさが後を追う。ゴリゴリくんアイスもんじゃ焼き味。ゲテモノ系には違いない。だが、「こういうもの」だとわかってしまえばクセになる。
「くれるんじゃないんですか?」
 唇を離した、坂水はまばたきで問いかける。幼い仕草に、四郎は四郎らしさで応じる。
「欲しけりゃ取りに来いよ」
 挑発的に、今度は四郎がアイスを噛んだ。片眉を上げて誘うと、坂水が目をそらさずに新聞を閉じて長椅子の奥へと放り捨てる。アイス棒を握る、四郎の手に坂水の手が重なる。着込んでいるわりには、坂水の手のひらはさらりとかわいている。
 すっとアイスを口元から離され、代わりに坂水のキスを受けた。さきほどの四郎の動きをまねるように、坂水の舌は四郎の口の中に残るゴリゴリ君を引き取っていく。すかさず四郎は、アイス本体を坂水の口へ。好みの味ではないくせに、坂水は逆らわずにアイスをかじって、四郎のキスを受ける。次は四郎が。かじらせては奪い、かじっては奪われるをくり返す。アイスはまたたくまに減り、二人の口はべたつき始めた。しかしどちらも口元をぬぐおうとはせず、アタリを示す「1」の文字にも見向きしなかった。
 「1本当たり」の「当」の字の隣に、歯を立てる坂水が言う。
「キスかアイス食うか、どっちかにしません?」
「暑っちーからヤだ」
 夏は暑い。アイスが食いたい。アイスを買ってこさせた、坂水が目の前で涼しそうな顔をしている。すこしふせた横顔が綺麗で、ちょっとムカついて、キスがしたくなった。でも、暑くて、はやくアイスが食いたかった。
 四郎のあきれた理屈に、坂水はとけたゴリゴリ君まみれの困った顔で笑う。
「もう、わがままだなあ」
 そこが好きだといわんばかりの、坂水の笑顔は夏にも負けずまぶしい。四郎は得意気になる。そんな四郎を見て、坂水の表情がかわった。おだやかな瞳が、まばたきのたびに、悩ましい光をやどしていく。
 何かに火をつけられた、ほのかな熱をとじこめた坂水は四郎にたずねた。
「もっと、したくなったらどうしましょう?」
 もっととは、キスの数か。それとも、もっと暑くなるなにかのことか。ゴリゴリ君アイス味の、坂水の唇は濡れて光っている。坂水の目に映る四郎の唇もおなじだろう。
 キスの数を増やして行き着く、暑くなるものといえば決まっている。あえて言葉にせず、坂水は四郎の情欲に探りをいれる。とっさの嘘はグダグダなくせに、こういうことばかりがうまくなる。自分の悪影響に違いないと、四郎は得意がった。
 坂水は、うすく広げた唇にアイスをくわえていた。まぶたを伏せて微笑む姿に、四郎は誘蛾灯にまどわされた蛾の気分でアイスをねらう。四郎が引きとったアイスは、二人の唇のあいだでどちらの口に入ることなくとけていった。
 アイスが形を失うスピードが速くなっている。あがったのは気温か、二人の体温か。
「ミハルん家のシャワーがあんじゃねーか」
 ゴリゴリ君アイス東京限定もんじゃ焼き味に濡らした口で、四郎は解決策を出す。アイスでさえとけてしまう暑いキスの、さらにその先にいくには、冷水のシャワーでもなければ追いつかなかった。
「さすがにそこは、気がとがめるなあ」
 四郎とおなじく口をベタベタにした、坂水のセリフに四郎の笑みが凶悪さを増す。

 気がとがめる?

「ヤル気満々じゃねーか、この野郎」
 こういう悪だくみで坂水は、むしろ率先して四郎の暴走に油を注ぐ。
「キスじゃ、すまなくなりますよね」
「ハナっからそのつもりだろ?」
 今更なんだよと、四郎は棒にへばりつく最後のアイスの片側をかじりとった。キスで奪いに来ない坂水のおかげで、ゴリゴリ君は四郎の舌の上でとけて消えた。
「俺は風呂に行く。お前は?」
 これだけあおりあって、盛りあがって、アイスが終わったからハイお終いにできるのか。ゴリゴリ君東京限定もんじゃ焼き味で、すでに口の中はベトベトだ。四郎は一刻も早く、坂水の青臭い味で口直しがしたかった。
 四郎は、たったひとかけ残った、アイスの棒を坂水に向けた。四郎のわかりやすい意思表示に、坂水はやはり困ったように、しかし至極幸せそうにほほえむのだ。
「もちろん」
 この瞬間の坂水が、四郎は一番好きだった。真っ当ぶって、安全地帯から出てこない坂水が、地雷原でも銃弾降注ぐ戦場でも、四郎ほしさに駆け出していきそうなこの瞬間が。
 坂水は四郎から当たり棒を奪うと、へばりついた最後のカケラを舐めとった。穏やかな、まるみを帯びた瞳に、真夏の太陽にも負けない、熱い情欲の火がともっている。
「亜久里さんのいくとこなら、どこだってついてきますよ」
 善人で凡人な坂水も、四郎とおなじ。極上の、アドレナリンを求めてやまない。





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ちょっと息抜きに、お遊びネタ。やはりキスでじゃれあってる二人を書いてるのが一番楽しいです。
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2016/05/13(金) 蟻の王
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