※未来時制。カルロ20歳、ブレット21歳。
※カルロはイタリア空軍フレッチェ・トリコローリでパイロットしてます。
※カルロ出てきません。代わりにオリキャラのおっさんが出張ります。
※キスもしませんが、オリキャラのおっさんとブレットが際どいことになります。念のためR18表記。レイティングを再検討して年齢規制を外しました。
貞操観念薄めのブレットで大丈夫な方はどうぞ(結局はカルロ一筋ですけど!)
※タイトルは「21」さまより





 「寂しいんだね」と"彼"は言った。
 カルロとのままならない距離に図星を指されたブレットは、"彼"を前に白旗をあげる。




 不実な苺




 ターンのたびにひざ下丈のスカートを膨らませて、淡いピンクの花を咲かせたジョーがブレットの腕に戻ってくる。彼女の華奢な体をしっかりと受け止めると、ブレットは次のフィガーに向けてゆっくりとステップをリードした。
 腕の中でブレットを見上げる青い瞳が、シャンデリアの光を映しこんできらきらときらめく。何か言いたそうな眼差しに耳を寄せれば、ワルツのメロディに紛れてジョーの声が滑り込んだ。
「この借りは高くつくわよ」
 睦言のようにささやかれたセリフに、ブレットは愉快げに口角を上げた。
 ブレットが黒のタキシードを、ジョーがローズ・ドラジェのパーティードレスを身にまとい、ダンスホールでスローテンポのワルツを踊っているのにはわけがある。政府筋が主催するこのパーティーに、そもそも招かれていたのはブレットの父親だった。だが、ホワイトハウスに勤める父に、急な「お呼出し」がかかることは珍しいことではない。結果、(こちらは稀なことに)生家で余暇を過ごしていたブレットにお鉢が回ってきた。
『せっかくの休暇にすまないな、ブレット』
『水くさいぜ、ダッド。これも親孝行さ』
 父の名代で、ブレットが社交界に顔を出すのは過去にも二度ほど経験がある。日頃家に居つかず親不孝しているからと、ブレットは軽い気持ちで父の招待状を受け取ってしまった。そして、「ダンスパーティー」と「パートナー同伴」の文章に青ざめるはめになる。
『母や姉と踊るのだけは勘弁なんだ、助けてくれ』
 そうブレットが同伴を頼み込んだのが、血縁を除けば最も身近な異性のジョーだった。
「このドレス買い取ってやろうか?」
 レンタルショップに付き合った午前中に、ジョーがこのドレスにいたくご執心だったのを覚えている。エンパイアラインとドレープの美しいデザインと良い、ペールピンクの色合いと良い、勝気で知られる彼女の乙女趣味な部分がブレットには微笑ましかった。
「なんならハイヒールだって付けてやるぜ」
 母親や姉と踊らずに済んだことが余程嬉しかったのか、太っ腹な発言を重ねるブレットにジョーは笑いをこらえきれない。おかげでステップを誤って、ホールの真ん中で立ち往生してしまった。
「ごめんなさい」
「いいさ。さあ、ほらもっとくっつけ」
 楽しげにじゃれ合う二人は、傍から見ればお似合いのカップルだろう。だがジョーには長く交際する日本人の彼氏がいるし、ブレットにも負けないくらい大切なパートナーがいる。自分のパートナーのことを、かつてアストロレンジャーズと呼ばれていた仲間たちに告白したのは二年前のことだ。当初は動揺を隠せなかった仲間たちだが、ブレットの説得の甲斐あって、今ではブレットとパートナーの関係にも、「彼」をここに引っ張り出すわけにはいかない事情にも理解を示してくれていた。そんな彼女のおかげで、ブレットは彼女の衣装のレンタル代を負担するだけで「パートナー同伴、ただし母と姉以外」という難易度の高いミッションをクリアできている。
「早く打ち明けちゃえばいいのに」
 そんな持つべき友であるジョーは、回りくどいブレットのやり方に不満があるらしい。友人に借りを作って金を浪費するくらいなら、堂々と世間や家族に胸を張れと言うのだ。
「簡単に言ってくれる」
 運命は自分でつかみ取る派、お城で王子様の迎えを待つより、剣をとってドラゴンに立ち向かうタイプな彼女の意見はブレットの耳に痛い。痛いからこそ正論だ。
 ブレットとて、パーティに出るならパートナーと一緒が良いと思っている。艶やかな衣服に身を包むのも、寄り添ってダンスを踊るのも彼と一緒なら楽しいはずだ。だが、正論というものは往々にして「現実的」という言葉とは不仲だった。帰省のたびに今回こそはと意気込んでみるけれど、歓迎する母の笑顔を前にしたとたん、生半可な覚悟は瞬く間に霧散してしまう。チキン野郎と笑いたければ笑えばいい。
「カルロだって、待ってるわよきっと」
 ブレットのパートナーの名が、ジョーの口からこぼれるのは不思議な感覚がする。それくらい、ブレットは日頃からカルロの名を紡ぐことを抑えていた。いつ誰に聞かれて二人の関係が表沙汰になるかわからない、そんな不安を抱えるブレットにジョーはまるっきり正反対のことを主張する。
 彼女に「あいつはまるで気にしないんだ」と愚痴を言ってしまっても、カムアウトできないのが自分自身である以上、心が晴れないことをブレットはわかっている。鬱々とした気持ちに、ステップを踏む足が重く感じた。
「お前だったら話は早いのにな」
 ジョーの言い分に押されっぱなしのブレットは、ついうっかり言わなくていいことまで口走ってしまう。プレティーンでチームを組んで以来、ブレットの家族におけるジョーの評判が高いのは本当の話だ。
『あなたたち、ホントに付き合っていないの?』
『ジョーちゃんなら大歓迎なのに』
 成人して早三年、一向にガールフレンドを紹介する気配がない息子と弟に、母と姉の口から繰り出される精神攻撃はつらいものがあった。何より今、やり玉に挙げられたジョーの目が剣呑に光っているのが怖い。
「ヒールで踏まれたいの?」
「No,thanks」
 カムアウトに及び腰なだけでなく、勝手に恋人扱いされていることへの非難にさらされる前に、ブレットはヒールターンで盛大にジョーを回してやった。



 兄妹のようであり戦友でもあるジョーとのダンスを堪能したあとは、主催者の奥方と一曲踊り、主催者とその取り巻きには部外秘にならない程度のN△S△こぼれ話(ある政府高官の子息が現役の宇宙飛行士であることは、この界隈では有名な話だ)を披露して、ブレットは父の名代としての務めを十二分に果たした。ジョーは初老にさしかかった別の紳士と踊っているところだから、晴れてお役御免となるにはあともう少しの辛抱と、ブレットはカクテルグラスを片手にひとりバルコニーへと足を運ぶ。
「…………」
 今夜のような煌びやかな空間を、ブレットは嫌いではない。それでも手の中のドライマティーニを弄ぶ横顔が暗くなるのは、この場にいないパートナーのためだ。
 例えば、ジョーの勇気あふれるアドバイスに従って、カルロとの仲を世間に公表したとする。ご都合主義も甚だしいが、母が、そして家族が祝福してくれ、周囲の人々もあたたかく二人を迎え入れてくれたと仮定しよう。この場合、今夜のようなパーティーにカルロを伴うことができるだろうか。
 答えは、99.99%の確率で"No"だ。きらきらと目がくらむような、この世の華を集めたような場所はカルロの好むところではない。目も眩むような華々しさに、初めは興奮するだろう。だが次第に彼は疲れ、自分を異分子とみなして殻に閉じこもり出すのは目に見えていた。
 ブレットが慣れた世界に、育ちの悪さを自認するカルロはきっと馴染めない。カルロの価値観を変えさせ、異世界を楽しむ余裕を持たせるのは至難の業だ。こればかりは、パーティースーツを買い与えワルツのステップを叩き込んだところでどうにもならない。
 生まれ育った環境が違いすぎる、そんなことは出会ったころからわかっていたはずなのに。こうしていざ現実の壁をつきつけられると孤独を感じてしまう。
 左腕にはめた腕時計の文字盤を、ブレットは眼差しで撫でた。それから愛しい星空を見上げて、際限なく落ちていきそうな気持ちを上向けようと試みる。七時間だけブレットの先を行くイタリアは明け方で、夜の闇を駆逐した透き通るような青空が広がっているはずだ。数時間後には、アエルマッキの機体に乗って、彼は天空を踊るように飛行しているだろうか。
『俺の、カグヤ姫』
 俺はお前を探して空を飛ぶんだ、とささやく声が耳によみがえる。ダンスの疲れを背負った体は、記憶に残る響きだけで欲を持て余してしまう。天才少年ともはやされてきたブレットの記憶力は抜群で、再生精度もとびぬけているからなおさらだ。
 彼と最後に会ったのは、朝寝を共にしたのは何か月前だったか、指折り数えてしまえば泣き出してもおかしくなかった。だから数えない、考えない。空を飛ぶ、勇ましい姿だけを心に描いて、寂しさを封じ込める。大西洋をまたいだ遠距離交際を成立させるため、トランキライザー代わりの心理プロセスをブレットは今宵もたどるしかないのだ。
「Good evening, ハンサム君」
 星空にパイロット服を身にまとったカルロのイメージを投影していたブレットは、投げかけられた声に物思いを中断させられる。声の方に顔を向ければ、背の高い中年の紳士がウィスキーグラスを片手に笑っていた。
「Good evening……」
 礼儀にならってブレットも挨拶を交わす。紳士が傍らに立つと、撫でつけたブルネットからウェービーな前髪がひとふさ流れ落ちた。下品にならないぎりぎりを見極めた無精ひげはセクシーで、ひと目で自分の魅力を理解しているタイプだとわかる。
 垂れた目元をフル活用した愛嬌たっぷりの笑顔をブレットに贈って、紳士は小首を傾げた。
「話し相手、いいかな?」
「もちろん」
 正統派な黒のタキシードで身を包んだブレットに対し、シルキーベージュのセレモニースーツからネイビードットのベストと蝶ネクタイを覗かせる紳士からは、遊び慣れた大人の余裕を感じさせる。パーティの客層の中では比較的年齢の近い(それでも一回りは違うだろう)存在に、ブレットは少しだけ肩の力を抜いた。
「ガールフレンド、ほっといていいのかい?」
 グラスを持つ手で紳士が指さす先には、ホールで踊るジョーの姿がある。恋人同士と間違われたことにブレットは訂正を入れることなく笑ってごまかした。パーティで踊る若い男女は、それにふさわしい関係であるべきだ。年長者が重んじる価値観に寄り添い、場にふさわしい存在に擬態することにブレットは慣れている。
「あなたのパートナーは?」
 聞き返せば、紳士の指がジョーより左側にスライドする。確かにそこには紳士に似合いのスレンダーな美女が、これまた初老の招待客と踊っていた。
「パートナーにほっとかれてる同士、というわけですか」
「本命は別にいるんだがね、こういう場には連れづらいんだ。彼女はピンチヒッター」
 まるで心を読んだかのように、紳士が語る事情はブレットのものとよく似ていた。
「君もそうなの?」
 紳士の眉は、それだけ別の生き物のように動き、雄弁に語る。垂れた目により添う濃い眉毛は、ダンスパーティーを背にひとりバルコニーで佇む青年への興味を隠さなかった。
 紳士が見せる強烈な好奇心に、ブレットの脳裏が一つの仮説を導き出す。とはいえ、紳士が自分と「同類」だと判断するのは早計だ。
「彼女が大切な友人であることは、間違いありませんよ」
 紳士のいう「本命」が同性とは限らない。人妻だとか、可能性はいくらでもある。けれどブレットの中で培われたある種のセンサーが、彼を自分と近い存在とみなしているのも確かだ。目線のやり方やグラスの持ち方、ただよってくるトワレの香り。紳士から醸し出されるあらゆる情報がブレットの内部で分析されていく。
 ゲイでなくとも両刀かもしれない、そうブレットのコンピューターが答えをはじき出したところで、疑惑の紳士はまたチャーミングな笑顔をブレットによこしてきた。
「君みたいな若い子は、年寄ばかりで退屈だろ」
「先輩方のご指導が受けられる、いい機会だと思ってますよ」
 本来であれば父が出席するはずだったパーティだ。メインの年齢層はブレットには父、人によっては祖父と言ってもさしつかえないが、ジェネレーションギャップを表に出すようなヘマはしない。年長者に好まれる謙虚さと青臭さを、アピールする態度など朝飯前だ。
「その割には、こんなところでひとりなんだね」
 ブレットにとって残念だったのは、そんな若者の配慮をありがたがるほど、眼前の紳士は老いていないことだった。
『お前はつめが甘い』
 そう言ってシニカルに笑う恋人の姿が紳士に重なって見える。
 お前は正しい、カルロ。だけど俺だって、欠点を補える程度に成長してるさ。
 幻の恋人に微笑む要領で、ブレットは紳士にとっておきの営業スマイルを発揮した。
「星が綺麗な夜ですから」
「そうだね。美しいものをより引き立てる……、今の君のように」
 紳士の歯の浮くような口説き文句に、ブレットは自分の見立てが正しかったことを確信する。いや、確信させてもらった、というのが正確か。このような場所で仲間と巡り合うことを全く想定していなかったわけではないけれど、まさかこんなに堂々と口説かれるとは予想外だ。
 紳士は踊るジョーに向けて顎をしゃくって、ブレットに視線を流す。独特の間と角度を持った目配せは、ブレットの確信を後押しした。
「あんなにキュートなのに、本命じゃないなんて」
 そしてブレットが紳士の属性に気づいているのと同じだけ、紳士もブレットの本質を見抜いている。ボロを出す機会などなかったように思うけれど、熟練者にはたやすいことなのかもしれなかった。
 そんな相手に下手な嘘は逆効果。そうブレットは判断した。
「あなたと同じです」
 本命は別にいて、この場に伴うことが難しい相手なのだと言い切ったことは、結果的には失策だった。ブレットを見る紳士の目の色があからさまに変わる。獲物を狙う猛禽類の眼に、ブレットは先に目をそらすしかなかった。
 カルロ。
 この場にいない「本命」に、助けは求められない。マティーニを揺らすふりをして腕時計の文字盤を見つめ、動く秒針に気持ちを落ち着ける。その間にも、紳士の視線が頬に痛いほど突き刺さっていた。
「なかなか会えないんだ?」
「ええ」
「彼とは長いの?」
「ええ……」
 短すぎる受け答えに、ブレットは自分の意思を代弁させる。これ以上心を開くことはない、踏み込むことは赦さない。熟練者ならば、ブレットが掲げた透明の防御壁が見えるはずだ。
「浮気はしないタイプ、か……」
 言葉尻に諦めの余韻を感じて、ブレットはようやく紳士に目を向ける。上目づかいに目を眇めて彼の分析を受け入れると、紳士はグラスを持った手とは反対の手で、ばつが悪そうにこめかみを掻いてみせた。
「残念。滅多にない出会いにときめいたのに」
 ブレットが同類だと知るや否や根掘り葉掘りと質問攻め、いくら断っても誘いを繰り返すマナー違反な輩に、辟易させられた回数は数えきれない。紳士の紳士らしい慎ましさはとても居心地が良く、スマートなやり口にブレットは率直な好感を持った。
「意外な出会いなのは俺も同じですよ、まさかこんな所でね」
「僕らの仲間はいたるところにいる、そういうことさ」
 紳士のその言葉にも、ブレットは大いに共感した。デリケートな話題に節度をわきまえられ、なおかつ価値観の合う人物は貴重だ。
 きっとそのせいだ。紳士から「友人として」遊びに誘われて、ブレットが拒まなかったのは。仮初のパートナーを探しに紳士が出ていくのと入れ替わりにジョーがバルコニーに姿を現した時、ブレットのモバイルには紳士の連絡先が登録されていた。



 
 バウパルピットとライフラインにもたれるブレットの顔を、波間を駆ける潮風が叩いていく。ときおり混じる飛沫に目を眇めていれば、紳士がデッキに姿を現した。ブレットにはドライマティーニのグラスを握らせ、彼自身はウィスキーグラスを弄んでいる。まるで、いつかの夜の再現のようだ。
「操縦はいいんですか?」
 マティーニで唇を濡らしながら、ブレットはコックピットを顎でしゃくる。正装の時とはうってかわったラフなブルネットを風にあおられながら、紳士もまたウィスキーを舐めて答えた。
「自動操縦」
「便利なものですね」
 飲酒運転しなくていいと続ければ、だから船を買ったんだと紳士は胸を張ってブレットの笑いを誘った。
『海に行かないか』
 紳士に誘われたのは、パーティでの出会いから二十四時間もたたないうちだ。紳士への好感が警戒心に勝っていたブレットは一二もなく承諾し、今朝待ち合わせた港で目を見張ることになる。
「海にとは言われましたが、クルージングとは予想外だ」
 紳士所有の中型クルーザーは、レトロアンティークな雰囲気が美しい船体で、イタリアブランドなのは一体どんなめぐりあわせか。紳士に説明できない高鳴りを抑えながら、ブレットが70フィート近い船に乗り込んだのが三十分ほど前。港は水平線の彼方だ。
「つまらない?」
 出港前にはキャビンにも案内されている。贅が尽くされた内装や調度品に、なるほど、ここで落しにかかられればひとたまりない、とブレットは冷めた感慨を抱いたものだった。紳士の友情や厚意を信じたい一方で、出港以降、ブレットは大きなソファや寝室がしつらえられた部屋には近づいていない。
 はしゃいだ様子を見せないブレットに、紳士は探るような問いかけをした。少し警戒心が過ぎる気がしていたブレットは、自分の無礼を詫びるように微笑んでみせる。
「楽しんでますよ。あまり顔に出ないタイプなもので」
「仕事柄だね」
 N△S△に所属する宇宙飛行士であることは、紳士には打ち明け済みだ。あのパーティーの出席者なら父の名を介してブレットの素性を知ることはたやすく、秘密にする価値もない。逆にブレットは、紳士がペンタゴン(国防総省)とパイプを持った実業家であることを聞き出している。N△S△とも関わりが深い、この国最大の官庁が取引相手なら、紳士のこの船も頷けた。
「彼氏とは、こういうデートはしないのかい」
 紳士の言葉に、ブレットは視線を落とす。マティーニのグラスを両手で持てば、文字盤の上で時を刻む秒針が見えた。知り合ったばかりの「友人」のためにクルーザーを出せる紳士とは違い、カルロとの交際は豪遊とは無縁だ。
「彼の稼ぎじゃ無理だ」
「仕事は?」
「しがない宮仕えです、俺と同じ」
 ミラノのスラム街からイタリア空軍に入ったカルロは、今年になって念願のフレッチェ・トリコローリのパイロットに昇進した。生活も落ち着き、経済状態も一時のことを思えばかなりの改善を見せている。それでも、紳士のような贅沢な暮らしぶりなど夢のまた夢。休みを合わせたバカンスでは、地中海を挟んだ北アフリカや中南米の島国に格安チケットを駆使して行くのがせいぜいだ。
「君なら彼の分も出せるだろう?」
「そんなことしたらヘソを曲げるに決まってる」
「男の沽券なんて下らないなぁ」
「不満はないですよ。俺は、彼のそういうところを愛してるし、尊敬もしてる」
 カルロは昔も今も、自分の足で立とうと必死だ。がむしゃらで泥臭い姿は、赤の他人には滑稽に見えるかもしれない。だがカルロが顔上げ、胸を張り続ける動機そのものであるブレットには眩しく映った。住む世界が違うこと、そのために埋めがたい差異があることを嘆きこそすれ、紳士が見せてくれる煌びやかな世界との落差なんてブレットは微塵も気にしていなかった。
「彼は気にしてそうだ」
「彼はそれを弱さだと言った。だが俺は強さだと思った」
 天に唾を吐きかける不屈さが、今も変わらないカルロの原動力だ。
 出会ったころのカルロは、人より多くの賞金と並ぶもののない名誉を求めていた。彼にとってレースは手段であり、勝ち得たものそれ自体がゴールだった。そこから先は何もない。だから彼は勝ち続けなければいけなかった。ずっと、飢えていた。
 今のカルロが望むのは、経済的な自立と社会的な地位だ。それらは、過去に彼が望んだものと似ているようでまるで違った。
『まずは人並みにならねえとな』
 彼は軍に所属したまま大学に進んだ。プレティーンのカルロなら、逆立ちしたって選ばなかった進路だろう。その変化が、ブレットには嬉しかった。
「付き合い始めたその日から、彼は俺に自分を近づけようと必死なんだ。並大抵の努力じゃなかったよ」
 ギャンブルでスリリングな、我が道を行く選択肢もあったはずだ。しかし、カルロはブレットと同じ土俵に立つことを選ぶ。
「とりわけ、君みたいな『出来る』恋人を持つとね」
 共感を示す紳士の相槌に、ブレットは笑って頷く。海の開放感も加わって、いつになく饒舌になっていた。
「どうやら、君に成金趣味は作戦ミスみたいだ」
「これはこれで良い。俺だって、たまには羽目を外したい」
 紳士への慰めに嘘はない。ブレットは贅沢なクルージングを楽しんでいる。カルロのこと、同性同士のデリケートな話題を分かち合える存在が、こうして傍らにいてくれることも嬉しかった。
 だからだ、こんな話を振ってみようと思ってしまったのは。
「パーティの夜、あなたは俺を『浮気しないタイプ』だと言ったけど、本当にそんな風に見えますか」
「含みのある言い方だ。君たちのズレは、経済力や社会的な立場だけじゃなさそうだね」
 紳士は経験豊かな年長者なだけあって察しが良く、先回りによってブレットの心をほどいていくのが実に上手い。カルロにはできない芸当に、ブレットの口も軽くなる。
「リベラルな方だと思うんです、少なくとも俺自身に関しては」
「なるほど。君と彼の貞操観は違っていて、彼はそれに気づいていない、もしくは深刻にとらえていない。そういうことかな?」
「ああ、やっぱりさすがだ」
 改めて言って、ブレットは性に対して自由主義的な考えを持っている。健康や衛生面での配慮を怠らないのなら、セックスフレンドもハッテン行為も大いに結構。セックスの一面は娯楽であり、スポーツだ。だがこんな考え方は、例えばジョーには打ち明けられない。カルロとのことを知る貴重な存在だからこそ、彼女の支持を得られない主義を大っぴらにするつもりはなかった。他の元アストロレンジャーズのメンバーにも同じことが言える。
 赤裸々な話をする相手がいないことは、ブレットの抱えるフィジカルなストレスに共感してくれる人が誰もいないということだ。カルロ相手なんて、なおさら言えない。
「つらい夜もあるだろうね」
 ブレットの行き場のない想いを、傍らの紳士は優しい微笑で受け止めてくれる。カルロですら与えてくれなかった安心感に、ブレットは率直であることをためらわずに済む。
「そうなったら、ひとりでそういう場所に行く。俺はピュアでも何でもない。人並みに、フラストレーションを発散させなきゃダメになる」
「当たり前のことだよ」
「だけどいつも、誰とも触れ合わずに帰るんだ」
 だから「浮気」は一度もしたことがない、と主張するブレットに紳士は目を丸くした。
「そっちのほうが驚きだ」
「俺も同感だ。彼とヤりたくて出来なくて、どうしようもないから行くっていうのに」
 仮にここで、紳士にこう尋ねられたとする。
『男であれ女であれ、カルロ以外とセックスできるか』
 ブレットはためらいなく"Yes"と答えるだろう。相手の性別を問わず、ふさわしい雰囲気と刺激を与えられれば快楽が得られる自信のあるブレットは、ゲイというよりバイに近い。ただ、実戦経験だけが伴わなかった。
「君なら選び放題だよ」
 パウバルピットで肩を並べる紳士は(当初のブレットの見立て通り)やはりバイで、彼に太鼓判を押されてブレットは苦笑いを浮かべる。
 わかってほしい、このつらさを。
 知ってほしい、カルロの代わりに。
 頼りがいのある先輩相手に、ブレットは極めて原始的な衝動を飼いならす術を語らずにはいられなかった。
「ああいう場所で、俺はずっと観察してるんだ。店の雰囲気、客の様子、どんな風に相手を探して、親睦を深めていくか、そんなことを全部」
「自分から誘ったりしないの?」
「しない。逆は多いが、どいつもこいつも点数が全く足りてない」
 点数? と紳士が怪訝な表情を浮かべるので、ブレットはそちらについても説明を加える。
 自分の前に現れては、身の程もわきまえずに声をかけてくる男ども。退屈を紛らわせるため、彼らに点数をつけることをブレットは常態化させていた。顔立ち、体つき、しゃべり方、声質、匂い、身のこなし、会話に混ぜられるウィットの数etc... 目で見て耳で聞いて鼻をきかせて、五感で感じ取れるものに直感を加えて数値化する。百点満点であったり、十段階方式であったり、その日の気分によって評点はまちまちであったけれど、ただひとつ確実に言えることがあった。
 総合点でカルロに勝る男に、お目にかかったことはない。
「俺の採点基準と最高点が彼だから、この結果は自明の理かもな」
 いっそ減点方式に変えたほうが話は早いか、と唸るブレットに、紳士が肩を震わせて笑う。
「ならどうして店に行くんだい」
 さっぱりわからない、と紳士はおかしさをかみ殺しきれない顔でブレットに視線をくれた。
「妄想のため、かな」
 ゲイバーの雰囲気に身を浸している間、ブレットはいつもカルロのことを考えている。
 「ここならカルロといちゃつけるな」とか「この店の雰囲気はカルロの好みかな」とか、果ては「カルロなら何人の、どんな男に秋波を送られるだろうな」だなんてくだらない想像を楽しむ。華やかなパーティー会場は叶わぬ夢でも、アルコール混じりの人いきれでむせ返りそうなバーなら、きっとカルロだって身の置き所があるだろうと願いながら。
 身をくねらせて互いの熱気を伝えあうカップル、グラスを手に次の予定を耳打ちしあうまた別のカップル。そんな人影に自分たちを重ね合わせて、会えない隙間を埋め合わせる。無為な時間だ。
 それもこれも、カルロが傍にいないのが悪い。こんなツタがからまるような恋に、自分を突き落としたあの男が悪いと、頭の中で盛大な責任転嫁に勤しんでいたブレットは、紳士の顔が驚くほど近くにまで迫っていることに気づけなかった。
「ひとつ、聞かせてよ」
 耳を、紳士の甘いテノールが撫でる。咄嗟に肩が跳ねて、ふり返ったブレットの青灰色を、紳士のハーゼルブラウンが捕えていた。カルロが月のようと例えたブレットの瞳いっぱいに、紳士の甘いマスクが映っている。
「僕は何点?」
 カラメリゼにブランデーを垂らしたような紳士の声が、くらりと酩酊を誘う。とっさに身を引こうとしたブレットの背をライフラインが阻み、紳士の手が引き留める。手の甲にかかる指の圧力は、カルロと同じで力強かった。
「きょ、うは、友人として……」
「リベラルなんだろ? 僕もそう」
 紳士が、ブレットの逃げ道をたくみに塞ぐ。物理的にも、ここは四方を海にかこまれた船の上だ。
「僕も、彼には勝てない?」
 ブレットの、日頃から回転の良すぎる思考回路が、紳士のくれる言葉に合せて停滞を見せ始める。それは防御機能だ。自分に誘いをかける男に対し、ごく自然と点数をはじき出そうとする作業を止めるためのものだ。もしも、万が一、眼前の紳士が新記録を、カルロ以上の点数をたたき出してしまったとして、まったくの未知の領域に踏み込んだ自分が、何を考え、どう行動するのかわからなくて恐ろしかった。
「この船に乗ってくれた君だ、相性は悪くない」
 紳士は身も心もハンサムだ。理性的で、馬が合う。たった数時間でブレットを懐柔しかけたのが証拠だ。経済的にも精神的にも余裕にあふれ、いっときの火遊びにも慣れている。セックスだって、きっと上手い。
 ブレットの頭に、けたたましく警報が鳴り響く。

 ありえない、ありえない、カルロ以上の男なんか、ありえない!

 だが、過去に誘われた、他の誰よりも魅力的なのは認めざるを得ない。ままならない恋に弱っている自分に都合のいい優しさを差し出されたら、信じていた足元がふらついてしまうのはわかりきっていた。そしてそんなブレットの葛藤を、百戦錬磨の紳士はとっくに見抜いている。
「ベッドで彼を呼んだって、聞かないふりくらいしてあげよう」
 とびきりの甘い声が、ブレットの耳に、そして離れた恋人を想う心と御しがたい本能の隙間に滑り込んだ。

 ああっ、神様!

 ブレットの良すぎる記憶力が、キャビンの寝室の豪華さを勝手に描き出す。ここは、人目を気にしなくていい海のど真ん中。夢のような煌びやかなキャビンでは、男盛りな紳士の肉体が円熟した精神を携えて、ブレットが堕ちてくるのを待っている。
 紳士の腕に閉じ込められるブレットを、包み込むのは筋肉と脂肪が絶妙な割合でブレンドされた熱い肌だ。背骨が折れそうなほど抱き寄せられ、厚い胸板に身を重ねたなら、早鐘のように打つ鼓動が響き合う。熱のこもった手のひらは、カルロのぬくもりに飢えたブレットの肌を丹念に暴いていく。乾ききった体に情欲の炎はまたたくまに燃え広がり、ただれるような刺激にブレットは身をくねらせて悶えるしかない。
 脇を舐められ、鎖骨を噛まれ、わき腹を愛撫される。落とされるキスにカルロを重ねて、おいしそうな唇に噛みつきたかった。
『ああッ……あッ、……!』
 綺麗にメイキングされたベッドの上で、気づけば脚を開かされている。押し込まれる灼熱と痛みに、シーツに爪を立てて耐える。押し上げられる内臓、固くて太い存在感、腰骨を強く握られる感覚。それらがいっしょくたになって、ブレットの理性を焼き切ってくれればいい。
 忘我の涙を、流してみたい。
『カルロッ……』
 彼の名を呼んで、果てたかった。
 天地もわからないほど揺さぶられて、声がかれるまで喘いで、体の中も外もぐちゃぐちゃにされて、絶頂の高みと直後の墜落感に翻弄される。何もかもが終わった後には、思い通りにならない交際に、つきまといつづける疼きも少しはなだめられているはずだった。
「悪いことなんてひとつもないさ」
 セックスフレンドも、娯楽としてのセックスも、ブレットは否定しない。他者への寛容が、そのまま自分に向けられるだけだ。
「楽しもうよ」
 紳士の唇とブレットの唇が、角度を合わる。あたたかな紳士の呼吸がブレットの顔に広がり、ウィスキーの香りが鼻孔を満たした。

 カルロ。

 間際に迫った他人の匂い、そして体温。それはブレットに大切なことを思いださせる。
「……ここで、それはないんじゃないかい」
 紳士の眉が不快さを表して持ち上がる。二人の唇の間には、ブレットの左の手がジェリコの壁よろしく立ちはだかっていた。無粋さを詫びる代わりに、ブレットは揃えた五指の腹で紳士の唇を撫で、果たせなかったキスの代わりにする。自分自身はライフラインをたどって、紳士から距離を取った。
「あたたかいものアレルギー」
 唐突な言葉に紳士の表情がしかめられる。口元から優しく払われた手を、ブレットは胸元に引き戻して腕時計の文字盤を見下ろした。
「あいつが言うには持病だそうだ。子供のころからの」
 優しい言葉、やわらかい笑顔、裏表のない親切心、他人の手で供される食事、そういうもの全てにカルロはアレルギー反応にも似た拒絶を示す。長い時間をかけて、言葉や気持ちは受け流せることをカルロは学んだ。昔から猫の皮をかぶるのが上手いカルロは、今では当たり障りない人付き合いをこなせるようになったのだ。
 だが、食事の問題はまだ解決されていない。
「ファストフードは平気だ。機械が作ってるのも同じだから。だが、作り手の見えるトラットリア(大衆食堂)には今も入れない」
 食事は体内に取り込まれ、文字通り血肉となる。そこに他人の気配が混じることにカルロは耐えられない。
「それはまたやっかいな病気だね」
「過酷な生い立ちだったんだ」
 紳士の口ぶりに、初めて嘲りの色が見えた。安っぽい手に騙されて、とブレットを憐れんでいるのだ。カルロの苦しみを軽んじられて、ブレットはムキにならずにはいられない。
「そんなあいつが、俺のつくったモノだけはうまそうに食べる。これがどういうことかわかるか?」
 紳士は特に考えもせずに首を振る。わかりたくもない、と言った様子にブレットは初めて紳士への不快感を抱いた。だから思い知らせるために、あえて断言した。

「あいつは、俺以外とセックスできない」

 本人に確かめたことはない。だがブレットには確信があった。カルロのあたたかいものアレルギーが引き起こした、深刻な合併症だ。
 ブレットに特化したカルロの潔癖症が、他人に触れられたブレットを歓迎するとは思えない。彼自身が例え、性に関してブレットと同じリベラルな思考を持っていたとしてもだ。頭で考えることと肉体が引き起こす反応は、必ずしも一致しないことをブレットは知っている。
「俺は彼に正直でいたい。だから、あなたと寝たら俺は彼に話す」
「彼は傷ついて、怒るんじゃないかい」
「だろうな。そうなったら俺は謝るんだ。あいつの赦しを願って跪く。足の甲にキスしたっていい。靴の裏だって舐めてやる。あなたは俺を欲しいと言うけど、同じくらいの覚悟はあるか? ないだろ? だから俺はあなたとは寝ない」
 カルロと愛し合えないなら、カルロと同じだけ愛してくれる保証がないなら、欲求不満に身を震わせていたほうが何倍もマシだと気づいた。
「別れてしまえよ、プライドばかり優先して君を放っておくやつなんて」
「そのプライドを可愛いと思えるから、今日まで続いてるんだろうな」
 とどのつまりはそういうことだ。カルロが何を想い、どう行動するかは最終的な問題ではない。どんなカルロであっても、ブレットは何かしら理由をつけて愛するから。そんな一番大切なことを、キスの間際にブレットは思いだした。思いださせてくれたのは、カルロではない男の体温だ。ウィスキーの甘い匂いも、ひどく不快だった。
「……君の決意は固いようだ」
 百戦錬磨のダンディは自らブレットの手を放し、デッキの上を一歩後ずさる。これ以上は近づかない、誘わない、という敗北宣言だった。
「君に愛された、トリコローリくんが羨ましいよ」
 わが身と恋を守り切ったことに安堵していたブレットは、紳士の言葉に度肝を抜かれる。
「どうして……」
 厚い瞼を持ち上げて、見開いた目は丸々として見えただろう。顔に出ないタイプ、と自慢げに告げたことが今となれば恥ずかしい。
「君の彼がイタリア系なのはすぐにわかったよ。『トラットリア』はイタリア語だし、君がうっかり乗ってしまったこの船もイタリアブランドのものだ」
 極め付けに、と紳士が指さしたのはブレットの手首に鎮座する腕時計だ。
「ブライトリングのクロノマット、イタリア空軍のフレッチェ・トリコローリとのコラボ品だ。恋人のことを話すとき、君はこの時計を必ず見る。ここまでくれば馬鹿でもわかるさ」
 軍人なんて宮仕えの最たるものだしね、と紳士にウィンクまでプレゼントされ、まったく自覚のなかったブレットは全面降伏とばかりに両手を挙げる。
 ガードが甘いにも程がある。
「あいつに知れたらことだ」
 フレッチェ・トリコローリのパイロットは、イタリア空軍でもたった十名に赦された栄誉あるポジションだ。補欠の人員を含めても、ブレットのパートナーに相当する人間は簡単に絞られる。
 とんだミスだと頭を抱えるブレットに、紳士は慰めの提案をした。
「外したほうが良いんじゃない?」
「それは嫌だ」
 外したら最後、カルロとの繋がりまで途絶えてしまいそうで怖い。これだけが頼りなんだ、と右手で時計を覆うブレットに紳士はすっと目を眇める。
「本当に寂しいんだね。だから、この船にも乗ってしまった」
 紳士の示す同情が、ブレットの涙腺に沁みる。潮風のせいにしてしまえと、ブレットは船の進行方向に顔を向けた。
「その様子だと、カムアウトはまだ?」
「ごく親しい友人に、二年前から」
 初めてのカミングアウトは、アストロレンジャーズの4人だった。それからN△S△の上層部と、カルロとブレットの双方をよく知る、かつてのグランプリレーサーたちが数名。両親や姉たちは論外、だからジョーが誤解される。
「会えない、言えない、俺は俺の、彼は彼の道があるから、一緒に暮らすなんてのも夢物語だ」
 大西洋を挟んでの遠距離恋愛。ブレットは多忙で、軍の規律でがんじがらめのカルロは輪をかけて経済的にも余裕がない。今回の休暇とて、カルロさえ空いているのならイタリアに飛びたかった。それが叶わないから、こんなことになっている。
『早く打ち明けちゃえばいいのに』
 そう発破をかけてくれるジョーも、カムアウトした当時はしきりに別れろと説得してきた。騙されてる、誰も幸せにならない、彼女が告げた非難の中で一番こたえたのは「お母さまはどう思うかしら」だ。
 周囲の理解、寂しくなったら会える距離と経済力。どれも足りない、ないない尽くしの恋であってもブレットは投げ出したいとは思えなかった。なぜなら遠いイタリアの空の下で、カルロはもっと大きなもの、たくさんのものと戦っていたからだ。彼がブレットを諦めないのなら、ブレットも食らいついていたかった。
『俺の、カグヤ姫』
 カルロはそう言ってブレットを手の届かないもののように表現するけれど、二人の距離を縮めようとやっきになっているのはブレットも同じだ。そのことに気づかないカルロを尻目に、ブレットがジョーたちに言葉を尽くしてきた二年間だ。

 信じてほしい。
 昔のままのカルロじゃない。
 半端な覚悟で、やってきたわけじゃないんだ。

 何より、
「愛してるんだ、とても」
 I love him so much.
 波間にかき消されるブレットのつぶやきに、紳士は頷く。獲物を狙うハンターではなく、同類の心に寄り添う友人の顔で紳士は続けた。
「だからこそ、耐えなきゃいけない孤独がある」
 その通りだと認めながら、ブレットはトリコローリの刻まれた文字盤に唇を落した。





 不実な苺
 (Mi manchi,Carlo.)






++++++++
「Mi manchi」(ミ・マンキ) イタリア語意味:キミに会えず寂しいよ。

(つまるところ)遠距離恋愛が寂しすぎて、危うく浮気しかけたブレット(の話)。
うちのカルロさんは潔癖っぽいところがあって、その上あたたかいものアレルギー持ちだから、よっぽどのことがないとブレット以外抱けないのよね、男でも女でも。対してブレットさんはまったくもって健全な性衝動をお持ちなので、油断するとフラフラ~ってなっちゃう。ボーダーラインで踏みとどまれる自制心こそ、カルロへの愛情なのだろうけれど。

さて、自分に好意のある相手と恋人に内緒で密室(船)で二人っきりっていうのは、浮気に入るんでしょうかね!
この後、紳士に家まで送ってもらったブレットは、アポなしで来てたカルロに見られて大喧嘩。
(ベッドでの)身体検査を要求するカルロに、受けて立ってやる気満々のブレットのやりとりを眺めている紳士が、(トリコローリ君は予想以上にイケメンだなぁ、これは長続きするよなぁ、若いっていいなぁ、オジサンも混ざりたいなぁ、3Pでも良いんだけど)とか笑ってます。以後、紳士はイタリア空軍にも商売の手を広げて、ブレットの伝書鳩を引き受けつつカルロをからかいに行くのが趣味と化したりして。ブロンド美人の宇宙飛行士やら、えらく金持ってそうなビジネスマンと知り合いなカルロは、お前何者なんだよ!って軍の同期からツッコまれているといい。
そんなオリキャラ無双の話は書かないので、ここで妄想だけ!!
裏設定ですが、紳士はイタリア系アメリカ人で、色素も顔も薄いめなカルロよりずっとイタリア人イタリア人してます。
(カルロは生粋のイタリア人というより、ルーツがスカンジナビアあたりな気がする。てことはオーディンズと同郷? いや、まさかな)

ブライトリングのクロノマットのフレッチェとのコラボ品、ずっと二万くらいだと思ってたら、ちゃんと調べなおしてみたところ60~80万くらいするw高いぉwww男性は時計に結構な金額費やす方多いけど、ブレットはどうなんかね。そこそこ高給取りだと思うし大丈夫か。
ただ、この商品、2013年のものなんですよね。WGP放送時97年(ブレット12歳)、当作品想定年は2006年(ブレット21歳)なんで……。
ま、いっか!!!!二次創作だし!!!!!!

ブレットのパパさんはまだ現役、バリバリ第一戦でお仕事されてます。ブレットはパパさんが40歳過ぎてから生まれた子なので、ブレット21歳=パパさん60歳以上なんですけどね。
アメリカは法律上定年制ってないみたいだし、パパさんとっても有能なのでしょう(さすがブレットのパパなのだ(古い))

時系列ページみてると、WGP時代はカルロ視点が多くて、成人してきたあたりからブレット視点ばかりになっていくのよね。これはやはり、精神的上下関係?が年を重ねるごとに逆転していくからかな。
WGP時代は精神年齢ブレット>カルロだったけど、カルロが経済的社会的にも自立していくから、カムアウトについてネックがあるブレットのほうがうじうじするようになるんですよね。
そんなブレットをいつでもいいぜ、好きにしろよと待つカルロ。これを男前と取るか無責任と取るかは人それぞれ。


”彼はそれを弱さだと言った。だが俺は強さだと思った”
 21さまより、原題「「君はそれを弱さだと言った。僕はそれを強さだと思った。」

2015/04/02 サイト初出。
2015/04/10 加筆修正。時差計算間違えました。イタリアの方がアメリカより7時間「進んでる」んですね……逆で書いてたorz
2015/05/26 レイティングを再検討。(ポルノではない、露骨な性描写・性器の描写はない、などからR18には該当しないと考え、レイティング外しました)

2015/05/26(火) レツゴ:チョコレートナイフ(カルブレ)
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