【必読!!!】
※カルロ12歳、ブレット13歳。
※WGP2inアメリカの8月以降、カルブレにまつわる一連のあれやこれやの始まりです。
※時系列上WGP1~WGP2の8月までを扱う複数のSSとリンクしています。読んでいないとわからない部分が多々あります。
※基本的に薄暗くてカルロが可哀そうです。
※オリキャラ注意。公式キャラ×オリキャラ要素注意
※カルブレ以外の公式キャラもちらほらと登場します。(セリフのある公式キャラ:ジュリオ、リオーネ、ルキノ、エッジ)
※タイトルは「21」さまより。
その日、カルロとブレットが視線を交わしたのは、サーキットの一角でのことだった。午前のレースを終えたアストロレンジャーズと、午後にレースを控えたロッソストラーダが行き交う一瞬に、ブレットが沈黙と共に空を指さす。
今夜、天体観測、屋上。
モールス信号じみたメッセージを、受け取るカルロは頷くこともしない。さりげないブレットの所作とカルロの無反応を、目に留めるものはいなかった。カルロのすぐ後ろを歩くただひとりを除いては。
その夜、いそいそと欧州寮を抜け出す自分を見送る目があったことを、カルロは知らない。ロッソストラーダに与えられたレスティングルームで、爪の手入れをしていたジュリオはあきれ顔を露わにする。それに気づいたリオーネが、ジュリオが寄りかかるバーカウンターに歩み寄った。
「ここんとこ、よく出かけてるな」
隣のスツールに腰を下ろして、リオーネが言及する相手が誰のことかはわかりきっている。涙のフェイスペイントに合わせた、チェリーピンクのマニキュアを塗る手を止めてジュリオは唇を尖らせた。
「デートよ。アメリカのボウヤとね」
「ワォ」
だが、ジュリオが言葉にこめたわだかまりはリオーネには伝わらない。「カルロのやつ、あのエリートボウヤをオトすなんてやるね」とのたまう暢気なプレイボーイに、ジュリオは事の重大さを説明してやらなければいけなかった。
「何言ってんの。のぼせあがってんのはカルロの方よ。もう、見てらんないわ」
当の本人は精いっぱい隠しているつもりだろうが、ジュリオにはカルロの変化が手に取るようにわかる。コンクリートの冷えた塊のようだったカルロの気配が、夏の日差しにヒビを刻む氷みたく涼やかなものに変わりつつある。とりわけ、彼のまとう空気がハッカの香りのように透き通る瞬間、そこにはかならずブレットの姿があった。
「一体どんな会話してんのかね、あいつら。聞いた話じゃ大卒らしいぜ。マサなんとかって舌噛みそうな名前の。あと、父親がホワイトハウスにいるってさ」
「えらく詳しいじゃない」
「取り巻きの女の子と、楽しくお話しちゃってね」
「あんたもたいがいよ、まったく」
リオーネの情報を右から左に聞き流しながら、ジュリオは昼間の二人を思い返す。サーキットと控室を繋ぐ通路ですれ違う刹那、視線の先を隠すはずのゴーグルがわずかにカルロの方を向き、間髪入れずに気づいたカルロが顎を引いた。ブレットのグローブの指が密かに通路の天井を指したけれど、カルロは知らんぷりを決め込んで通り過ぎる。
それは二人の間だけの、秘密のサインだ。
無言のやりとりを終えるや否や、カルロの肩がふわりと浮かび上がり、澄みわたる空気がすぐ後ろのジュリオの鼻先をかすめた。
昼間目の当たりにした意味深なワンシーンをふり返れば、ジュリオの瞼が下がり、ダウンライトの光に長い睫の影を作る。淡い憂いを乗せた顔は、この国に来る前にしたカルロとのやりとりを思い出していた。
『身分違いってやつよ』
アメリカ大会が始まる前、ジュリオは確かにそう忠告した。聞き入れなかったのはカルロ自身だ。
「そのうちきっと、痛い目に遭うわ」
突き放したセリフは、塗りかけのチェリーピンクの爪に絡みつく。失敗したマニキュアに、ジュリオはやれやれと除光液に手を伸ばした。
断罪のマリア
日本の秋の夜長をきっかけに始まった、カルロとブレットの天体観測。初回の大接近と剣呑なやりとりを水に流してしまえば、初夏のロサンゼルスで再開された夜の楽しみは、二か月弱という短い期間にも順調に回数を重ねていた。
彼ら自身もまた(当人同士の認識はさておき)限りなく友人に近い何かとしてうまくやっている。ブレットはカルロ相手に思う存分知識を披露し、カルロはブレットの語る非現実な話題(少なくともカルロにとって星語りとメルヘンに大きな境界はない)に、ともすれば殺伐としかねない異国でのレース暮らしを慰めていた。バトルをやめ、チームメイトからの反感をいなし続けるカルロにとって、ブレットとの天体観測はとりわけ心安らぐひと時であることは否定できない。
そう、ジュリオの認識は正鵠を射ている。カルロは間違いなく浮かれていた。「彼女」が現れるまでは。
ジュリオがカルロの背を見送った数日後、FIMA施設のロビールームはざわついていた。リーダーミーティングが別室で行われる日に限り、広々としたロビーはリーダーを待つチームメイトの待合室と化す。一足先に顔を出したカルロは、場の雰囲気がいつもと違うことを敏感に察知、すぐさまチームメイトに視線を走らせると、真っ先に反応を示したのはルキノだった。
「あれだよ、リーダー」
ルキノがしゃくった顎は、ロビーの奥だ。よく見れば他のレーサーたちがちらちらと視線を送り、けれど誰もが遠巻きにしている一角がある。レーサーたちの隙間から、まるで見覚えのないひとりの少女の姿が伺えた。
窓際のしゃれたテーブルに、少女はスツールもなくもたれかかり、頬杖をついて外を眺めている。物思いにふける大きな瞳はエメラルドで、窓から差し込む太陽の光に、彼女の長くウェーブのかかったブロンドがきらめいていた。つんと尖った鼻にはそばかすが散っていて、それが星屑のプリントアウトのようで愛らしくもある。
胸元を大胆にカットしたミントグリーンのサマーセーターに、白いフリルのミニスカートから肉付きの良い脚を覗かせる少女は、グランプリの参加者より年上だろう。
「どこのどいつだ?」
カルロは「女」という生き物は総じて苦手だ。記憶にも薄い母を連想し、眉をしかめて少女を睨んだが、チームメイトたちはそろって肩をすくめるだけ。唯一カルロとは正反対に、女の子には目のないリオーネが情報を付け加えた。
「誰か待ってるらしいんだけど、それ以上は何聞いても笑うばっかりでさ」
彼女は関係者IDを盾に、微笑み以上のことを語らないまま、この場所を陣取り続けているという。
カルロがおおよその事情を飲みこむと、そこでようやく残りのチームリーダーたちがロビーに姿を見せ始めた。WGP選手が一堂に会するこの瞬間、彼女の目当てが気になって仕方がないレーサーたちは、彼女の行動を固唾を呑んで見守っている。彼女もまた、ざわつく入り口付近にエメラルドの視線を注いでいた。
リーダーの一団の最後尾が現れた時、ついに彼女が動いた。にこやかに言葉を交わしあうユーリとブレットを視界に入れた途端、彼女の顔がみるみるうちに輝き、サンダルのヒールが床を蹴る。一直線に駆け寄った先に、腕を広げて抱き付く彼女に迷いはなかった。
「ブレット!」
初めてカルロが耳にした、少女の声は高く、美しく、そして歓喜で満ちていた。
周囲はあっけにとられた。彼女の存在すら知らないリーダーたちは揃って彼女をふり返り、ユーリに至っては目の前の光景にアイスグリーンの双眸を瞠目させている。とはいえ、この場で最も驚いていたのはブレット本人だろう。出し抜けに女性に抱き付かれた事実に、冷静さが売りの頭脳も停止を余儀なくされ、驚きの表情はゴーグルに大部分を隠された顔にもよく現れていた。
「会いたかった……!」
硬直するブレットにかまわず、少女は彼の首に腕を回してハグをますます深めていく。そのうちにハグに満足したらしい少女は、腕を解いてブレットに向き直った。自分の視界を占領する少女の顔に、思考が再起動を果たしたブレットの胸がハッと膨らむ。
「……ステラ?」
確かめるように紡がれた名に、少女はブレット両肩を掴んで飛び上がった。
「嬉しいっ、覚えててくれたのね!」
弾ける声に、みるみるうちにブレットの口元もほころんでいく。抱きつかれた驚きはいつしか再会への歓喜へと変わり、ブレットもまた興奮をそのまま声に乗せて応じた。
「当たり前だ、忘れるわけないだろう! ああ、だが、本当に久しぶりだな」
元気だったか、どうしてここに、矢継ぎ早にブレットから繰り出される質問に、少女も早口で応えている。その合間合間にかけあう互いを歓迎する言葉が、二人の親密さを周囲に知らしめていた。
「……リーダー、その子、誰?」
二人の盛り上がりに割って入ったエッジは猛者だ。エッジたちの存在を思い出したブレットは、チームメイトに、そして周囲に群がるグランプリレーサーたちに彼女を紹介した。
「彼女の名前はステラ。ステラ・キング嬢だ。俺たちはMITの同期でな」
ブレットの言葉に従って、ステラはブレットの傍らに立つ。居並ぶグランプリレーサーの注視を浴びても、彼女はたじろぐことなく、ウェービーなブロンド揺らして愛嬌をふりまいてみせた。
「同期って言っても、卒業したのはブレットが先よ。私はおいてけぼりにされちゃったの」
「俺だってお前とゆっくりしたかったさ。だが、N△S△のカリキュラムが迫ってたんだからしょうがない」
「N△S△と私とどっちが大事? ってあなたには聞くだけ無駄よね」
「お前だって、去年はオックスフォードにいたんだろ。二年ぶり以上か」
「イギリス暮らしも悪くなかったわ、あなたがいないのを除けばだけどね」
ステラはブレットより二つ年上の15歳で、ブレットとは彼が10歳、彼女が12歳のころMITのキャンパス内で顔を合わせて以来の仲だった。共にエレメンタリー(小学校)の年齢でアメリカトップの理工系大学に入った天才児として、二人は学内でも知られた存在だったと、ステラは思い出とともに二人の関係を簡潔に敷衍する。
「今はMITの大学院にいるの。ゼミの皆も何人か残ってるわ。皆、あなたがいなくて寂しがってる」
才女はユニフォーム姿のブレットの腕に、自分の腕を絡めて寄り添う。ハイヒールの分だけわずかに彼女のほうが背が高くなるけれど、文字通り肩を並べる二人は似合いのカップルにしか見えなかった。
「教授もあなたに戻ってきて欲しいって、いつもおっしゃるのよ」
「それでお前が口説きに来たのか?」
「実はそうなの。ハニートラップは嫌いかしら?」
「どうかな。少なくとも人選は悪くない」
和やかに、かつ濃密に交わされるステラとブレットの応酬に、もうエッジですら口を挟めない。二人は顔を見合わせて、それから弾けるように笑い声を上げた。あの「クールに行こうぜ」が口癖のブレットが、大口を開けて肩を揺らして笑っている。目の前で繰り広げられる光景に、誰もが目を見張った。
だが、ステラの偉業はこれだけに留まらなかった。ブレットと対等に話し、かつ大笑いさせたステラは、ふと顔をしかめて胸の前で腕を組んだ。
「さっきから気になってるんだけど、そのゴーグルなんとかならないの?」
グランプリ関係者であるなら、ステラが指摘した物(つまり、ブレットが終始身に着けているゴーグル)が、一種の聖域のようなものであることは共通の見解だ。ステラと同じ思いを誰もが一度は胸に抱き、けれども直接口に出すことはせずに今日にいたっている。だが突如彼らの輪の中に降って湧いた少女には、そんな不文律など目に入らない。
「顔が見えないじゃない、取っちゃってよ」
そう言って、ステラはブレットのゴーグルに向かって手を伸ばす。いきなりのハグに続いた暴挙に、その場にいたレーサーたちは一様にブレットが彼女の手を拒むものだと思っていた。彼が貫くスタイルの問題だけでなく、アストロレンジャーズのゴーグルはチームやN△S△の機密まで詰まった精密機器だ。そんなシロモノに、素人が触れることをリーダーであるブレットが赦すはずがない。
「わかった、わかったよ」
けれど一同の予想に反して、ブレットはステラの手を拒まなかった。それどころか彼女を手伝うかのように、頭を回してゴーグルを取りやすくしてやる。そして、長らくゴーグルの下に隠されていた、ブレットの素顔が衆目に晒された。
「気が済んだか?」
分厚い瞼に、切れ上がった目尻を強調する長い睫、そしてそれらに縁どられたごく薄い青の瞳がステラに微笑む。ブレットから取り上げたゴーグルを腕に抱え、バラ色に染まったステラの頬が、彼女の喜びを如実に語っていた。
「ええ、この顔よ。これこそ私の知ってるブレット・アスティアだわ」
ステラの賛辞に、素顔のブレットは照れたように視線を泳がせる。感情豊かなブレットの姿は、その場にいた全員に新鮮な驚きを与えた。
ただひとり、驚き以外の感情に襲われていたのが、カルロだった。WGPほぼ全選手の前に明らかになったブレットの素顔に、カルロは胸を重いもので押しつぶされるような不快感に顔をしかめる。そして同じ高さで見つめ合う少年と少女の姿に、カルロは正視に耐えきれずに顔をそむけた。
その夜、カルロは初めて、ブレットとの約束を蹴った。リーダーミーティングの直後(ステラとブレットが感動的な再会を果たすほんの数分前)に、ブレットから例のサインを受けていたにもかかわらず、カルロはアメリカ寮の屋上へは向かわなかった。
ひと晩まんじりともせず、時計の音だけを耳に入れ、カルロはベッドで丸くなっていた。眠ろうと瞼を閉じると、昼間の光景が何度となく襲い掛かった。美しい少女、朗らかなやりとり、露わにされたムーングレイ。それらがよってたかってくる衝撃に翻弄されながら、しかしカルロは寝苦しさに輾転反側を繰り返した。
次にカルロがアメリカ寮の屋上に足を向けたのは、ステラが現れた日から数えて十日後のことだ。その間にもブレットから二度誘いがあったが、カルロは応じていない。三度目の正直とばかりにブレットに詰め寄られたのが、今朝の話だ。
『今夜だけは、絶対に来い』
剣呑なブルーグレイに、カルロはつくづく弱い。彼の瞳に、すっかりほだされている自分がいた。
季節は8月、グランプリサーカスはロサンゼルスからサンフランシスコに場所を遷している。夏真っ盛りのこの土地は、イタリアの大部分を占める地中海性気候に属していて雨はほとんど降らない。国内では比較的温暖湿潤なミラノの出身だからだろうか、雨を極端に嫌うカルロの肌にこの地の気候はよく合った。名物の霧がレースの邪魔をすることさえなければ、居心地のいいことこの上ない。
また、サンフランシスコの夏は意外と涼しい。夜は肌寒いくらいだ。日没の夜8時を30分ほど過ぎた頃、昼間より上着を一枚多くした出で立ちで、カルロは易々とアメリカ寮への侵入を果たす。だがステラの一件のせいで、屋上へと続く階段を踏みしめる足は重たかった。
『全部全部、あなたに会うためよ』
今大会では、ブレットとステラの母校・マサチューセッツ工科大学の研究グループが、全レースのコースデータ、マシンデータの管理を請け負っている。ステラはその手伝いを志願して、はるばる東海岸のボストンからここ西海岸まで飛んできていた。それもこれもブレットに会いたいがためと、彼女は恥ずかしげもなく微笑む。このあたりの彼女の純朴なキャラクターは、ミハエルに感じるそれと近い。
そんなステラとブレットの関係はレーサーの間ではもちきりの話題だ。スクールのカフェテリアやアストロレンジャーズの練習場付近、果てはナショナルパークでまで、レース以外の時間に二人が頻繁に行動を共にしていることも噂に拍車をかけている。彼らが大学の同期以上の「特別な関係」にあるという見解に至るまで、そう時間はかからなかった。
恋人、カップル、ステディ。どれも十代前半の少年少女たちには刺激的なテーマだ。ブレットとステラは、容姿も育ちも学歴も、何もかもが理想的に噛み合っていて異論の挟みようがない。耳聡いリオーネによれば、彼女の親は東海岸の新聞大手の社長だ。ホワイトハウス高官とマスコミ大手の令息令嬢が、共に容姿端麗で歳も近く、互いに好意的、おまけに揃ってMIT出身の天才児とくればカップルになって当然と誰もが思う。
またステラは、あのブレットを「腹を抱えて笑わせる」ことのできる稀有な少女であるばかりではない。彼女は周囲にいる誰とでも良好な関係を築ける才能があった。ブレットと再会してすぐ、ステラはアストロレンジャーズの寄宿舎に出入りするようになる。エッジをはしゃぎ合えるノリの良さ、ジョーとガールズトークを楽しめるデリカシー、ハマーDとデータ分析の話題でやりあえる知性、さらにミラーの皮肉をいなせる柔軟性まで持ち合わせた彼女に敵はいない。
ようやく屋上にたどり着いたカルロもまた、ステラに視線を奪われずにはいられないひとりだ。屋上の手前で顔を上げたカルロは、フェンスにもたれて空を見上げるブレットと、そこに寄り添うステラのシルエットを目にした。その肩の近さに、カルロはまた胸を押しつぶされる。十日前、ブレットのゴーグルをステラが奪い取った時と同じ苦しさが気道を塞いだ。
まただ、とカルロは苦々しさに顔をしかめる。カフェテリアや図書館の一角で彼らの姿を垣間見る度、カルロはブレットとの間に途方もない距離を感じてきた。カルロにはわからない、難解な論文を顔を寄せ合って読む二人、MIT時代を懐かしむ冗談を交わす二人。ブレットとステラの間には、まったくカルロには無縁の世界が展開されている。
限られた人間しか知りえなかったブレットの素顔を、ステラはグランプリレーサー全員の前で暴露した。カルロが手を伸ばしたこともないブレットのゴーグルに、ステラは何の迷いもなく触れ、ブレットは受け入れた。そしてカルロとブレット、二人だけの秘密であったはずの天体観測に、ステラは当たり前のように加わっている。カルロの居場所をさらうように、いや、カルロよりはるかに近い距離でブレットの傍らにいる。無数の星あかりに頭上を飾られた二つの影は、完成された絵画のようだ。
星。
二人を祝福する星影に、カルロは頭を殴られたような衝撃を受けた。
ステラ
『そうか、ステラは星か。良い名前をもらったな』
「STELLA」と名付けられた、ブレットのクロスワードパズル
『ステラじゃねえ、ステッラだ。ラ・ステッラ』
イタリア語で「星」を意味する名前の少女
ブレットにとって「STELLA」はただの単語ではなく、ひとりの少女を指す特別な名詞だった。だから彼は自作のクロスワードにつけられた愛称を喜び、カルロが何度訂正しても発音を直さなかった。彼にとって「STELLA」がイタリア語だろうがロシア語だろうが関係ない、「STELLA」はステラ(彼女)なのだ。
途方もない敗北感に打ちのめされ、カルロは寮の自室に逃げ戻る。まさに「逃げる」という言葉がぴったりなほど、カルロは屋上に一歩も踏み入ることもできず、ブレットとステラに気づかれることさえ恐れて、そそくさと踵を返した。アメリカ寮を抜け出してからは、全力疾走で欧州寮への道をひた走った。
自室にたどり着いたころには、息が乱れて全身から嫌な汗が噴き出していた。両サイドに迫る壁に視線をさまよわせ、カルロはふと今日が何日なのかわからなくなっていることに気づく。壁にぶら下げたカレンダーが7月のままであることが、なぜかこの時、ひどく気にかかった。
カルロのカレンダーはマグネット式で、月が替わるたびに日付を並び替えなければいけない面倒なシロモノだ。けれど、これから過ごす一日一日を確かめるような手順をカルロは嫌いではない。その作業が、ステラの登場のおかげですっかり忘れ去られていた。息も絶え絶えの中で、カルロはカレンダーの数字に指を伸ばす。
ステラが現れたのは7月も終わろうかという頃。震えの残る指で月を替え、曜日に合わせて日にちの数字をズラしていく。8月が徐々に形作られる中で、カルロは今日という日を知った。
8月7日。
カルロにとって、自分の誕生日を示す日付が重要な意味を持ったことはない。だが、今年だけは、この12回目の今日ばかりは事情が違った。そこにもまた、ブレットのムーングレイが影を落としている。
ステラが現れなければ、いや、彼女が今夜ブレットの隣にいなければ、カルロは今頃ブレットと天体観測をしていた。記憶力のいいブレットのことだ、データブックか何かで見知ったカルロの誕生日を祝うかもしれない。二か月前、話の流れでカルロがブレットの誕生日を祝福してやったことを、彼は忘れていないだろうから。
ああ、まさか!
彼が今夜必ず、と念押ししたのは、端から祝う心づもりだったのか。
『Tanti auguri』
『ありがとう、カルロ』
二か月前のロサンゼルスの星空の下で、カルロは親に愛されていた記憶の断片を取り戻した。あのかすかな思い出を、今夜、ブレットは彼なりの祝いの言葉で包もうとしていたのだろうか。吹けば飛んでしまいそうなあいまいな記憶に、彼はラッピングをしリボンをかけ、再びカルロの手に戻してくれようとしていたのだろうか。
震える指で、カルロは7のマグネットをカレンダーの外に追いやる。8月の31日間の中で、カルロの誕生日だけが穴になった。その現実を受け入れるように、カルロは呟く。
「今更だ……」
あたたかな空想は、何一つ実現しない。カルロは屋上にいないからだ。カルロの居場所は、ステラのものだからだ。夢見るような幸せにやはりカルロは縁がない。ブレットからのプレゼントなど、初めから存在しないのと同じだ。
あるはずのないものを惜しむ虚しさから目をそらしたくて、カルロはベッドにもぐりこんだ。十日前と違い、意識は泥に沈むようにあっさりと途切れた。
その夜、カルロは夢を見た。雨の降りしきる舞台に、浮浪児だった小さなカルロと傘をさしたブレットが立っている。客席の最前列で、カルロはそれを眺めていた。他に客はいない。
ブレットの傘は目の覚めるような空の色で、去年、日本での雨の日に、同じ傘をカルロはブレットから受け取っている。開いた傘にはたくさんの星座が描かれていて、曇天に突如現れた青空にカルロは息をのみ、あまりの美しさに恐怖を覚えて傘を閉じた。あの場に残した傘は、無事に彼の手に戻っただろうか。
そんないわく因縁つきの傘を、ブレットは小さなカルロにさしかけようとする。
「やめろ」
客席からカルロは声をかける。だが篠突く雨が舞台と客席を遮る紗幕となって、カルロの声がブレットに届くのを阻んだ。役に徹しているのか、ブレットも同じ板に立つ小さなカルロを見つめるばかりで、客席のカルロを一瞥さえしない。そして小さなカルロのために傘を差し出した分だけ、はみ出たブレットの肩や背中が打ち付ける雨に濡れた。
小さなカルロは、ブレットを睨みあげていた。全身を雨でしとどに濡らしながらも、その青い瞳は意固地になっている。
「あいつ」は傘を受けとらない。カルロにはわかっていた。
案の定、幼いカルロは傘を押しのけた。拒まれたブレットはなおも諦めず、膝をかがめて距離を縮めるが、小さなカルロはブレットの傘を持つ手めがけて腕を振り上げる。
ぱちん。
小さな手から繰り出された渾身の一発に、ブレットの手が赤くなる。傘の綺麗な青空が、舞台にできた水たまりに転がった。土に傘が汚れても(なぜ舞台に土があるのかカルロにはわからない)、雨に頭から濡れそぼっても、ブレットは小さなカルロを見捨てることなく舞台にとどまっている。
「もう、やめろよ」
再びカルロは、ブレットを諌める。今度は客席から立ち上がって。けれど舞台は遠のくばかりで、「無駄だ、そいつに何をしても」と訴えるカルロの言葉はブレットを素通りする。降り注ぐ雨粒の方が、よほどブレットの体にしっかりとその痕跡を残していた。
雨は止まない。いつまでも、いつまでも降り続け、幼いカルロもブレットも濡れ鼠になりながらも舞台から降りようとしない。舞台の床から溢れた雨水が客席の方まで流れ込んでくるけれど、不思議とカルロの足元だけは避けて通る。四方を雨水に囲まれ、ブレットに近づきたいのに、カルロは靴が濡れる恐怖にそれ以上どこへもいけなくなった。
雨が染み込んだ靴の気持ち悪さは、思い出しただけでも身震いがする。一度濡れた靴は、そう簡単には乾かない。
そうこうするうちに、ブレットが膝を折り、雨の中の濁った水たまりに膝を落す。洗いざらしのジーンズが雨水を吸って色を濃くしたけれど、ブレットは構わず、小さなカルロに腕を伸ばした。
「やめろって……」
雨水の中にできた、ひとり分の陸地の中でカルロは呻く。ブレットが、目の前の小さな存在を抱きしめようとする意図がわかる。わかるからこそ、カルロは首を振った。理由のない優しさに、やはり小さなカルロは敵意を向ける。幼い手がブレットの頬をぶった。手入れもされていない垢まみれの爪が、ブレットの白い頬に傷をつける。
「ブレット……!」
彼の頬に赤く浮かび上がる、みみず腫れの痕は痛々しかった。
「もういいんだ、無駄だ。やめようぜ、なあ」
カルロは何度も懇願する。ブレットの両肩を掴んで、揺さぶって、どしゃぶりの舞台から引きずりおろしたかった。けれど、雨水に靴を濡らして舞台に上がる勇気が、どうしても出てこない。臆病なカルロを嘲笑うかのように、声は雨にまみれて舞台の下へ落ちた。
カルロは、ブレットの手が欲しかった。彼が「あいつ」に差し出す手をこちらに向けてくれたなら、きっと雨の床に一歩を踏み出せるのに。肝心の彼は「あいつ」の心配ばかりしていて、カルロをふり返りさえしないのが歯がゆい。
そのブレットが顔を上げる。ぶたれたばかりの傷ついた頬で、彼は微笑んでいた。雨の中でも光を失わないムーングレイは、まさに闇夜に浮かぶ満月で、意志を秘めた眼差しがなおも小さなカルロを見つめている。躊躇なく伸ばされた腕は、今度こそ有無を言わせず小さなカルロを抱きしめた。
「やめろ……!」
汚れるだけだ、傷つくだけだ、無駄なんだとカルロは伝えたかったけれど、過去の雨の中に飛び込む勇気は見つけられない。
カルロがもたもたしているうちに、ブレットの腕の中でカルロは暴れていた。小さなカルロは、棒切れのような手足を懸命にふりまわして、ブレットに抗おうとした。ブレットは離さない。肩を殴られ、髪を引っ張られるたびに、着の身着のままのカルロの汚れがブレットの体や服に移っていった。
「ブレット!」
雨に、傷に、垢に、どんどんと汚れていくブレットに、とうとうカルロは見ていることも叶わずに悲鳴を上げた。
目覚めたカルロは、泣いていた。目尻からこめかみへ、見開いた左右の目から涙がとめどなく流れ続ける。わずかに動く唇が、ブレットの名をかたどったけれど声は出ない。
カルロは膝を抱えて横を向いた。天上に向けた側のこめかみから、冷えた涙が逆流してくる。それがまるで夢の中の雨のように思えて、カルロは両手で目元を覆い隠した。
ブレット。
ブレット、ブレット……。
気づけば、こんなにも彼に依存していた。
あの夢は、カルロの願望だ。優しくされたいと、拒んでも、殴っても暴れても、何をしても赦されたいと、他の誰でもないブレットに願っている。ブレットにはステラがいるのに。カルロよりずっと健やかで、清く、正しく美しい片割れがいるというのに。
『身分違いってやつよ』
ジュリオがくれた言葉の真実を、知るのがあまりにも遅すぎた。
「ブレッ、ト……」
こらえきれず上げたカルロの呻きを、聞くものはいない。
断罪のマリア
(これは、嫉妬だ)
+++++++
不安にびくびくとしながら連載始まりました。
これを掲載している時点で、全体の9割が書きあがっているので未完になることはないかと思います。
応援してもらえると、うれしいです。
それっぽくないけど、徹頭徹尾カルブレですから。
後編に続く。
2015/07/07 サイト初出。
※カルロ12歳、ブレット13歳。
※WGP2inアメリカの8月以降、カルブレにまつわる一連のあれやこれやの始まりです。
※時系列上WGP1~WGP2の8月までを扱う複数のSSとリンクしています。読んでいないとわからない部分が多々あります。
※基本的に薄暗くてカルロが可哀そうです。
※オリキャラ注意。公式キャラ×オリキャラ要素注意
※カルブレ以外の公式キャラもちらほらと登場します。(セリフのある公式キャラ:ジュリオ、リオーネ、ルキノ、エッジ)
※タイトルは「21」さまより。
その日、カルロとブレットが視線を交わしたのは、サーキットの一角でのことだった。午前のレースを終えたアストロレンジャーズと、午後にレースを控えたロッソストラーダが行き交う一瞬に、ブレットが沈黙と共に空を指さす。
今夜、天体観測、屋上。
モールス信号じみたメッセージを、受け取るカルロは頷くこともしない。さりげないブレットの所作とカルロの無反応を、目に留めるものはいなかった。カルロのすぐ後ろを歩くただひとりを除いては。
その夜、いそいそと欧州寮を抜け出す自分を見送る目があったことを、カルロは知らない。ロッソストラーダに与えられたレスティングルームで、爪の手入れをしていたジュリオはあきれ顔を露わにする。それに気づいたリオーネが、ジュリオが寄りかかるバーカウンターに歩み寄った。
「ここんとこ、よく出かけてるな」
隣のスツールに腰を下ろして、リオーネが言及する相手が誰のことかはわかりきっている。涙のフェイスペイントに合わせた、チェリーピンクのマニキュアを塗る手を止めてジュリオは唇を尖らせた。
「デートよ。アメリカのボウヤとね」
「ワォ」
だが、ジュリオが言葉にこめたわだかまりはリオーネには伝わらない。「カルロのやつ、あのエリートボウヤをオトすなんてやるね」とのたまう暢気なプレイボーイに、ジュリオは事の重大さを説明してやらなければいけなかった。
「何言ってんの。のぼせあがってんのはカルロの方よ。もう、見てらんないわ」
当の本人は精いっぱい隠しているつもりだろうが、ジュリオにはカルロの変化が手に取るようにわかる。コンクリートの冷えた塊のようだったカルロの気配が、夏の日差しにヒビを刻む氷みたく涼やかなものに変わりつつある。とりわけ、彼のまとう空気がハッカの香りのように透き通る瞬間、そこにはかならずブレットの姿があった。
「一体どんな会話してんのかね、あいつら。聞いた話じゃ大卒らしいぜ。マサなんとかって舌噛みそうな名前の。あと、父親がホワイトハウスにいるってさ」
「えらく詳しいじゃない」
「取り巻きの女の子と、楽しくお話しちゃってね」
「あんたもたいがいよ、まったく」
リオーネの情報を右から左に聞き流しながら、ジュリオは昼間の二人を思い返す。サーキットと控室を繋ぐ通路ですれ違う刹那、視線の先を隠すはずのゴーグルがわずかにカルロの方を向き、間髪入れずに気づいたカルロが顎を引いた。ブレットのグローブの指が密かに通路の天井を指したけれど、カルロは知らんぷりを決め込んで通り過ぎる。
それは二人の間だけの、秘密のサインだ。
無言のやりとりを終えるや否や、カルロの肩がふわりと浮かび上がり、澄みわたる空気がすぐ後ろのジュリオの鼻先をかすめた。
昼間目の当たりにした意味深なワンシーンをふり返れば、ジュリオの瞼が下がり、ダウンライトの光に長い睫の影を作る。淡い憂いを乗せた顔は、この国に来る前にしたカルロとのやりとりを思い出していた。
『身分違いってやつよ』
アメリカ大会が始まる前、ジュリオは確かにそう忠告した。聞き入れなかったのはカルロ自身だ。
「そのうちきっと、痛い目に遭うわ」
突き放したセリフは、塗りかけのチェリーピンクの爪に絡みつく。失敗したマニキュアに、ジュリオはやれやれと除光液に手を伸ばした。
断罪のマリア
日本の秋の夜長をきっかけに始まった、カルロとブレットの天体観測。初回の大接近と剣呑なやりとりを水に流してしまえば、初夏のロサンゼルスで再開された夜の楽しみは、二か月弱という短い期間にも順調に回数を重ねていた。
彼ら自身もまた(当人同士の認識はさておき)限りなく友人に近い何かとしてうまくやっている。ブレットはカルロ相手に思う存分知識を披露し、カルロはブレットの語る非現実な話題(少なくともカルロにとって星語りとメルヘンに大きな境界はない)に、ともすれば殺伐としかねない異国でのレース暮らしを慰めていた。バトルをやめ、チームメイトからの反感をいなし続けるカルロにとって、ブレットとの天体観測はとりわけ心安らぐひと時であることは否定できない。
そう、ジュリオの認識は正鵠を射ている。カルロは間違いなく浮かれていた。「彼女」が現れるまでは。
ジュリオがカルロの背を見送った数日後、FIMA施設のロビールームはざわついていた。リーダーミーティングが別室で行われる日に限り、広々としたロビーはリーダーを待つチームメイトの待合室と化す。一足先に顔を出したカルロは、場の雰囲気がいつもと違うことを敏感に察知、すぐさまチームメイトに視線を走らせると、真っ先に反応を示したのはルキノだった。
「あれだよ、リーダー」
ルキノがしゃくった顎は、ロビーの奥だ。よく見れば他のレーサーたちがちらちらと視線を送り、けれど誰もが遠巻きにしている一角がある。レーサーたちの隙間から、まるで見覚えのないひとりの少女の姿が伺えた。
窓際のしゃれたテーブルに、少女はスツールもなくもたれかかり、頬杖をついて外を眺めている。物思いにふける大きな瞳はエメラルドで、窓から差し込む太陽の光に、彼女の長くウェーブのかかったブロンドがきらめいていた。つんと尖った鼻にはそばかすが散っていて、それが星屑のプリントアウトのようで愛らしくもある。
胸元を大胆にカットしたミントグリーンのサマーセーターに、白いフリルのミニスカートから肉付きの良い脚を覗かせる少女は、グランプリの参加者より年上だろう。
「どこのどいつだ?」
カルロは「女」という生き物は総じて苦手だ。記憶にも薄い母を連想し、眉をしかめて少女を睨んだが、チームメイトたちはそろって肩をすくめるだけ。唯一カルロとは正反対に、女の子には目のないリオーネが情報を付け加えた。
「誰か待ってるらしいんだけど、それ以上は何聞いても笑うばっかりでさ」
彼女は関係者IDを盾に、微笑み以上のことを語らないまま、この場所を陣取り続けているという。
カルロがおおよその事情を飲みこむと、そこでようやく残りのチームリーダーたちがロビーに姿を見せ始めた。WGP選手が一堂に会するこの瞬間、彼女の目当てが気になって仕方がないレーサーたちは、彼女の行動を固唾を呑んで見守っている。彼女もまた、ざわつく入り口付近にエメラルドの視線を注いでいた。
リーダーの一団の最後尾が現れた時、ついに彼女が動いた。にこやかに言葉を交わしあうユーリとブレットを視界に入れた途端、彼女の顔がみるみるうちに輝き、サンダルのヒールが床を蹴る。一直線に駆け寄った先に、腕を広げて抱き付く彼女に迷いはなかった。
「ブレット!」
初めてカルロが耳にした、少女の声は高く、美しく、そして歓喜で満ちていた。
周囲はあっけにとられた。彼女の存在すら知らないリーダーたちは揃って彼女をふり返り、ユーリに至っては目の前の光景にアイスグリーンの双眸を瞠目させている。とはいえ、この場で最も驚いていたのはブレット本人だろう。出し抜けに女性に抱き付かれた事実に、冷静さが売りの頭脳も停止を余儀なくされ、驚きの表情はゴーグルに大部分を隠された顔にもよく現れていた。
「会いたかった……!」
硬直するブレットにかまわず、少女は彼の首に腕を回してハグをますます深めていく。そのうちにハグに満足したらしい少女は、腕を解いてブレットに向き直った。自分の視界を占領する少女の顔に、思考が再起動を果たしたブレットの胸がハッと膨らむ。
「……ステラ?」
確かめるように紡がれた名に、少女はブレット両肩を掴んで飛び上がった。
「嬉しいっ、覚えててくれたのね!」
弾ける声に、みるみるうちにブレットの口元もほころんでいく。抱きつかれた驚きはいつしか再会への歓喜へと変わり、ブレットもまた興奮をそのまま声に乗せて応じた。
「当たり前だ、忘れるわけないだろう! ああ、だが、本当に久しぶりだな」
元気だったか、どうしてここに、矢継ぎ早にブレットから繰り出される質問に、少女も早口で応えている。その合間合間にかけあう互いを歓迎する言葉が、二人の親密さを周囲に知らしめていた。
「……リーダー、その子、誰?」
二人の盛り上がりに割って入ったエッジは猛者だ。エッジたちの存在を思い出したブレットは、チームメイトに、そして周囲に群がるグランプリレーサーたちに彼女を紹介した。
「彼女の名前はステラ。ステラ・キング嬢だ。俺たちはMITの同期でな」
ブレットの言葉に従って、ステラはブレットの傍らに立つ。居並ぶグランプリレーサーの注視を浴びても、彼女はたじろぐことなく、ウェービーなブロンド揺らして愛嬌をふりまいてみせた。
「同期って言っても、卒業したのはブレットが先よ。私はおいてけぼりにされちゃったの」
「俺だってお前とゆっくりしたかったさ。だが、N△S△のカリキュラムが迫ってたんだからしょうがない」
「N△S△と私とどっちが大事? ってあなたには聞くだけ無駄よね」
「お前だって、去年はオックスフォードにいたんだろ。二年ぶり以上か」
「イギリス暮らしも悪くなかったわ、あなたがいないのを除けばだけどね」
ステラはブレットより二つ年上の15歳で、ブレットとは彼が10歳、彼女が12歳のころMITのキャンパス内で顔を合わせて以来の仲だった。共にエレメンタリー(小学校)の年齢でアメリカトップの理工系大学に入った天才児として、二人は学内でも知られた存在だったと、ステラは思い出とともに二人の関係を簡潔に敷衍する。
「今はMITの大学院にいるの。ゼミの皆も何人か残ってるわ。皆、あなたがいなくて寂しがってる」
才女はユニフォーム姿のブレットの腕に、自分の腕を絡めて寄り添う。ハイヒールの分だけわずかに彼女のほうが背が高くなるけれど、文字通り肩を並べる二人は似合いのカップルにしか見えなかった。
「教授もあなたに戻ってきて欲しいって、いつもおっしゃるのよ」
「それでお前が口説きに来たのか?」
「実はそうなの。ハニートラップは嫌いかしら?」
「どうかな。少なくとも人選は悪くない」
和やかに、かつ濃密に交わされるステラとブレットの応酬に、もうエッジですら口を挟めない。二人は顔を見合わせて、それから弾けるように笑い声を上げた。あの「クールに行こうぜ」が口癖のブレットが、大口を開けて肩を揺らして笑っている。目の前で繰り広げられる光景に、誰もが目を見張った。
だが、ステラの偉業はこれだけに留まらなかった。ブレットと対等に話し、かつ大笑いさせたステラは、ふと顔をしかめて胸の前で腕を組んだ。
「さっきから気になってるんだけど、そのゴーグルなんとかならないの?」
グランプリ関係者であるなら、ステラが指摘した物(つまり、ブレットが終始身に着けているゴーグル)が、一種の聖域のようなものであることは共通の見解だ。ステラと同じ思いを誰もが一度は胸に抱き、けれども直接口に出すことはせずに今日にいたっている。だが突如彼らの輪の中に降って湧いた少女には、そんな不文律など目に入らない。
「顔が見えないじゃない、取っちゃってよ」
そう言って、ステラはブレットのゴーグルに向かって手を伸ばす。いきなりのハグに続いた暴挙に、その場にいたレーサーたちは一様にブレットが彼女の手を拒むものだと思っていた。彼が貫くスタイルの問題だけでなく、アストロレンジャーズのゴーグルはチームやN△S△の機密まで詰まった精密機器だ。そんなシロモノに、素人が触れることをリーダーであるブレットが赦すはずがない。
「わかった、わかったよ」
けれど一同の予想に反して、ブレットはステラの手を拒まなかった。それどころか彼女を手伝うかのように、頭を回してゴーグルを取りやすくしてやる。そして、長らくゴーグルの下に隠されていた、ブレットの素顔が衆目に晒された。
「気が済んだか?」
分厚い瞼に、切れ上がった目尻を強調する長い睫、そしてそれらに縁どられたごく薄い青の瞳がステラに微笑む。ブレットから取り上げたゴーグルを腕に抱え、バラ色に染まったステラの頬が、彼女の喜びを如実に語っていた。
「ええ、この顔よ。これこそ私の知ってるブレット・アスティアだわ」
ステラの賛辞に、素顔のブレットは照れたように視線を泳がせる。感情豊かなブレットの姿は、その場にいた全員に新鮮な驚きを与えた。
ただひとり、驚き以外の感情に襲われていたのが、カルロだった。WGPほぼ全選手の前に明らかになったブレットの素顔に、カルロは胸を重いもので押しつぶされるような不快感に顔をしかめる。そして同じ高さで見つめ合う少年と少女の姿に、カルロは正視に耐えきれずに顔をそむけた。
その夜、カルロは初めて、ブレットとの約束を蹴った。リーダーミーティングの直後(ステラとブレットが感動的な再会を果たすほんの数分前)に、ブレットから例のサインを受けていたにもかかわらず、カルロはアメリカ寮の屋上へは向かわなかった。
ひと晩まんじりともせず、時計の音だけを耳に入れ、カルロはベッドで丸くなっていた。眠ろうと瞼を閉じると、昼間の光景が何度となく襲い掛かった。美しい少女、朗らかなやりとり、露わにされたムーングレイ。それらがよってたかってくる衝撃に翻弄されながら、しかしカルロは寝苦しさに輾転反側を繰り返した。
次にカルロがアメリカ寮の屋上に足を向けたのは、ステラが現れた日から数えて十日後のことだ。その間にもブレットから二度誘いがあったが、カルロは応じていない。三度目の正直とばかりにブレットに詰め寄られたのが、今朝の話だ。
『今夜だけは、絶対に来い』
剣呑なブルーグレイに、カルロはつくづく弱い。彼の瞳に、すっかりほだされている自分がいた。
季節は8月、グランプリサーカスはロサンゼルスからサンフランシスコに場所を遷している。夏真っ盛りのこの土地は、イタリアの大部分を占める地中海性気候に属していて雨はほとんど降らない。国内では比較的温暖湿潤なミラノの出身だからだろうか、雨を極端に嫌うカルロの肌にこの地の気候はよく合った。名物の霧がレースの邪魔をすることさえなければ、居心地のいいことこの上ない。
また、サンフランシスコの夏は意外と涼しい。夜は肌寒いくらいだ。日没の夜8時を30分ほど過ぎた頃、昼間より上着を一枚多くした出で立ちで、カルロは易々とアメリカ寮への侵入を果たす。だがステラの一件のせいで、屋上へと続く階段を踏みしめる足は重たかった。
『全部全部、あなたに会うためよ』
今大会では、ブレットとステラの母校・マサチューセッツ工科大学の研究グループが、全レースのコースデータ、マシンデータの管理を請け負っている。ステラはその手伝いを志願して、はるばる東海岸のボストンからここ西海岸まで飛んできていた。それもこれもブレットに会いたいがためと、彼女は恥ずかしげもなく微笑む。このあたりの彼女の純朴なキャラクターは、ミハエルに感じるそれと近い。
そんなステラとブレットの関係はレーサーの間ではもちきりの話題だ。スクールのカフェテリアやアストロレンジャーズの練習場付近、果てはナショナルパークでまで、レース以外の時間に二人が頻繁に行動を共にしていることも噂に拍車をかけている。彼らが大学の同期以上の「特別な関係」にあるという見解に至るまで、そう時間はかからなかった。
恋人、カップル、ステディ。どれも十代前半の少年少女たちには刺激的なテーマだ。ブレットとステラは、容姿も育ちも学歴も、何もかもが理想的に噛み合っていて異論の挟みようがない。耳聡いリオーネによれば、彼女の親は東海岸の新聞大手の社長だ。ホワイトハウス高官とマスコミ大手の令息令嬢が、共に容姿端麗で歳も近く、互いに好意的、おまけに揃ってMIT出身の天才児とくればカップルになって当然と誰もが思う。
またステラは、あのブレットを「腹を抱えて笑わせる」ことのできる稀有な少女であるばかりではない。彼女は周囲にいる誰とでも良好な関係を築ける才能があった。ブレットと再会してすぐ、ステラはアストロレンジャーズの寄宿舎に出入りするようになる。エッジをはしゃぎ合えるノリの良さ、ジョーとガールズトークを楽しめるデリカシー、ハマーDとデータ分析の話題でやりあえる知性、さらにミラーの皮肉をいなせる柔軟性まで持ち合わせた彼女に敵はいない。
ようやく屋上にたどり着いたカルロもまた、ステラに視線を奪われずにはいられないひとりだ。屋上の手前で顔を上げたカルロは、フェンスにもたれて空を見上げるブレットと、そこに寄り添うステラのシルエットを目にした。その肩の近さに、カルロはまた胸を押しつぶされる。十日前、ブレットのゴーグルをステラが奪い取った時と同じ苦しさが気道を塞いだ。
まただ、とカルロは苦々しさに顔をしかめる。カフェテリアや図書館の一角で彼らの姿を垣間見る度、カルロはブレットとの間に途方もない距離を感じてきた。カルロにはわからない、難解な論文を顔を寄せ合って読む二人、MIT時代を懐かしむ冗談を交わす二人。ブレットとステラの間には、まったくカルロには無縁の世界が展開されている。
限られた人間しか知りえなかったブレットの素顔を、ステラはグランプリレーサー全員の前で暴露した。カルロが手を伸ばしたこともないブレットのゴーグルに、ステラは何の迷いもなく触れ、ブレットは受け入れた。そしてカルロとブレット、二人だけの秘密であったはずの天体観測に、ステラは当たり前のように加わっている。カルロの居場所をさらうように、いや、カルロよりはるかに近い距離でブレットの傍らにいる。無数の星あかりに頭上を飾られた二つの影は、完成された絵画のようだ。
星。
二人を祝福する星影に、カルロは頭を殴られたような衝撃を受けた。
ステラ
『そうか、ステラは星か。良い名前をもらったな』
「STELLA」と名付けられた、ブレットのクロスワードパズル
『ステラじゃねえ、ステッラだ。ラ・ステッラ』
イタリア語で「星」を意味する名前の少女
ブレットにとって「STELLA」はただの単語ではなく、ひとりの少女を指す特別な名詞だった。だから彼は自作のクロスワードにつけられた愛称を喜び、カルロが何度訂正しても発音を直さなかった。彼にとって「STELLA」がイタリア語だろうがロシア語だろうが関係ない、「STELLA」はステラ(彼女)なのだ。
途方もない敗北感に打ちのめされ、カルロは寮の自室に逃げ戻る。まさに「逃げる」という言葉がぴったりなほど、カルロは屋上に一歩も踏み入ることもできず、ブレットとステラに気づかれることさえ恐れて、そそくさと踵を返した。アメリカ寮を抜け出してからは、全力疾走で欧州寮への道をひた走った。
自室にたどり着いたころには、息が乱れて全身から嫌な汗が噴き出していた。両サイドに迫る壁に視線をさまよわせ、カルロはふと今日が何日なのかわからなくなっていることに気づく。壁にぶら下げたカレンダーが7月のままであることが、なぜかこの時、ひどく気にかかった。
カルロのカレンダーはマグネット式で、月が替わるたびに日付を並び替えなければいけない面倒なシロモノだ。けれど、これから過ごす一日一日を確かめるような手順をカルロは嫌いではない。その作業が、ステラの登場のおかげですっかり忘れ去られていた。息も絶え絶えの中で、カルロはカレンダーの数字に指を伸ばす。
ステラが現れたのは7月も終わろうかという頃。震えの残る指で月を替え、曜日に合わせて日にちの数字をズラしていく。8月が徐々に形作られる中で、カルロは今日という日を知った。
8月7日。
カルロにとって、自分の誕生日を示す日付が重要な意味を持ったことはない。だが、今年だけは、この12回目の今日ばかりは事情が違った。そこにもまた、ブレットのムーングレイが影を落としている。
ステラが現れなければ、いや、彼女が今夜ブレットの隣にいなければ、カルロは今頃ブレットと天体観測をしていた。記憶力のいいブレットのことだ、データブックか何かで見知ったカルロの誕生日を祝うかもしれない。二か月前、話の流れでカルロがブレットの誕生日を祝福してやったことを、彼は忘れていないだろうから。
ああ、まさか!
彼が今夜必ず、と念押ししたのは、端から祝う心づもりだったのか。
『Tanti auguri』
『ありがとう、カルロ』
二か月前のロサンゼルスの星空の下で、カルロは親に愛されていた記憶の断片を取り戻した。あのかすかな思い出を、今夜、ブレットは彼なりの祝いの言葉で包もうとしていたのだろうか。吹けば飛んでしまいそうなあいまいな記憶に、彼はラッピングをしリボンをかけ、再びカルロの手に戻してくれようとしていたのだろうか。
震える指で、カルロは7のマグネットをカレンダーの外に追いやる。8月の31日間の中で、カルロの誕生日だけが穴になった。その現実を受け入れるように、カルロは呟く。
「今更だ……」
あたたかな空想は、何一つ実現しない。カルロは屋上にいないからだ。カルロの居場所は、ステラのものだからだ。夢見るような幸せにやはりカルロは縁がない。ブレットからのプレゼントなど、初めから存在しないのと同じだ。
あるはずのないものを惜しむ虚しさから目をそらしたくて、カルロはベッドにもぐりこんだ。十日前と違い、意識は泥に沈むようにあっさりと途切れた。
その夜、カルロは夢を見た。雨の降りしきる舞台に、浮浪児だった小さなカルロと傘をさしたブレットが立っている。客席の最前列で、カルロはそれを眺めていた。他に客はいない。
ブレットの傘は目の覚めるような空の色で、去年、日本での雨の日に、同じ傘をカルロはブレットから受け取っている。開いた傘にはたくさんの星座が描かれていて、曇天に突如現れた青空にカルロは息をのみ、あまりの美しさに恐怖を覚えて傘を閉じた。あの場に残した傘は、無事に彼の手に戻っただろうか。
そんないわく因縁つきの傘を、ブレットは小さなカルロにさしかけようとする。
「やめろ」
客席からカルロは声をかける。だが篠突く雨が舞台と客席を遮る紗幕となって、カルロの声がブレットに届くのを阻んだ。役に徹しているのか、ブレットも同じ板に立つ小さなカルロを見つめるばかりで、客席のカルロを一瞥さえしない。そして小さなカルロのために傘を差し出した分だけ、はみ出たブレットの肩や背中が打ち付ける雨に濡れた。
小さなカルロは、ブレットを睨みあげていた。全身を雨でしとどに濡らしながらも、その青い瞳は意固地になっている。
「あいつ」は傘を受けとらない。カルロにはわかっていた。
案の定、幼いカルロは傘を押しのけた。拒まれたブレットはなおも諦めず、膝をかがめて距離を縮めるが、小さなカルロはブレットの傘を持つ手めがけて腕を振り上げる。
ぱちん。
小さな手から繰り出された渾身の一発に、ブレットの手が赤くなる。傘の綺麗な青空が、舞台にできた水たまりに転がった。土に傘が汚れても(なぜ舞台に土があるのかカルロにはわからない)、雨に頭から濡れそぼっても、ブレットは小さなカルロを見捨てることなく舞台にとどまっている。
「もう、やめろよ」
再びカルロは、ブレットを諌める。今度は客席から立ち上がって。けれど舞台は遠のくばかりで、「無駄だ、そいつに何をしても」と訴えるカルロの言葉はブレットを素通りする。降り注ぐ雨粒の方が、よほどブレットの体にしっかりとその痕跡を残していた。
雨は止まない。いつまでも、いつまでも降り続け、幼いカルロもブレットも濡れ鼠になりながらも舞台から降りようとしない。舞台の床から溢れた雨水が客席の方まで流れ込んでくるけれど、不思議とカルロの足元だけは避けて通る。四方を雨水に囲まれ、ブレットに近づきたいのに、カルロは靴が濡れる恐怖にそれ以上どこへもいけなくなった。
雨が染み込んだ靴の気持ち悪さは、思い出しただけでも身震いがする。一度濡れた靴は、そう簡単には乾かない。
そうこうするうちに、ブレットが膝を折り、雨の中の濁った水たまりに膝を落す。洗いざらしのジーンズが雨水を吸って色を濃くしたけれど、ブレットは構わず、小さなカルロに腕を伸ばした。
「やめろって……」
雨水の中にできた、ひとり分の陸地の中でカルロは呻く。ブレットが、目の前の小さな存在を抱きしめようとする意図がわかる。わかるからこそ、カルロは首を振った。理由のない優しさに、やはり小さなカルロは敵意を向ける。幼い手がブレットの頬をぶった。手入れもされていない垢まみれの爪が、ブレットの白い頬に傷をつける。
「ブレット……!」
彼の頬に赤く浮かび上がる、みみず腫れの痕は痛々しかった。
「もういいんだ、無駄だ。やめようぜ、なあ」
カルロは何度も懇願する。ブレットの両肩を掴んで、揺さぶって、どしゃぶりの舞台から引きずりおろしたかった。けれど、雨水に靴を濡らして舞台に上がる勇気が、どうしても出てこない。臆病なカルロを嘲笑うかのように、声は雨にまみれて舞台の下へ落ちた。
カルロは、ブレットの手が欲しかった。彼が「あいつ」に差し出す手をこちらに向けてくれたなら、きっと雨の床に一歩を踏み出せるのに。肝心の彼は「あいつ」の心配ばかりしていて、カルロをふり返りさえしないのが歯がゆい。
そのブレットが顔を上げる。ぶたれたばかりの傷ついた頬で、彼は微笑んでいた。雨の中でも光を失わないムーングレイは、まさに闇夜に浮かぶ満月で、意志を秘めた眼差しがなおも小さなカルロを見つめている。躊躇なく伸ばされた腕は、今度こそ有無を言わせず小さなカルロを抱きしめた。
「やめろ……!」
汚れるだけだ、傷つくだけだ、無駄なんだとカルロは伝えたかったけれど、過去の雨の中に飛び込む勇気は見つけられない。
カルロがもたもたしているうちに、ブレットの腕の中でカルロは暴れていた。小さなカルロは、棒切れのような手足を懸命にふりまわして、ブレットに抗おうとした。ブレットは離さない。肩を殴られ、髪を引っ張られるたびに、着の身着のままのカルロの汚れがブレットの体や服に移っていった。
「ブレット!」
雨に、傷に、垢に、どんどんと汚れていくブレットに、とうとうカルロは見ていることも叶わずに悲鳴を上げた。
目覚めたカルロは、泣いていた。目尻からこめかみへ、見開いた左右の目から涙がとめどなく流れ続ける。わずかに動く唇が、ブレットの名をかたどったけれど声は出ない。
カルロは膝を抱えて横を向いた。天上に向けた側のこめかみから、冷えた涙が逆流してくる。それがまるで夢の中の雨のように思えて、カルロは両手で目元を覆い隠した。
ブレット。
ブレット、ブレット……。
気づけば、こんなにも彼に依存していた。
あの夢は、カルロの願望だ。優しくされたいと、拒んでも、殴っても暴れても、何をしても赦されたいと、他の誰でもないブレットに願っている。ブレットにはステラがいるのに。カルロよりずっと健やかで、清く、正しく美しい片割れがいるというのに。
『身分違いってやつよ』
ジュリオがくれた言葉の真実を、知るのがあまりにも遅すぎた。
「ブレッ、ト……」
こらえきれず上げたカルロの呻きを、聞くものはいない。
断罪のマリア
(これは、嫉妬だ)
+++++++
不安にびくびくとしながら連載始まりました。
これを掲載している時点で、全体の9割が書きあがっているので未完になることはないかと思います。
応援してもらえると、うれしいです。
それっぽくないけど、徹頭徹尾カルブレですから。
後編に続く。
2015/07/07 サイト初出。
2015/07/07(火)
レツゴ:ステラ事件(カルブレ)【完結】
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