【必読!!】
※カルロ12歳、ブレット13歳、WGP2inアメリカ8月以降のあれやこれやの最終話。
※「断罪のマリア」(前後編)「最善の悪意」(前後編)「天才は無知であると言う前提」(前後編)の後にどうぞ。
※カルロひとりえっちの描写がちょろっとあります。なのでR15です。PW制限はしません。
※精通について取り扱います。が、正確な知識で書いているわけではありませんのでご容赦ください。
※某漫画の神様の作品について言及しています。
※タイトルは「21」さまより。





 飢える世界




 「隠れて会おう」とブレットは言った。欧州寮の屋上で三度目のキスを交わした後の提案に、カルロは異議もなく頷く。
 今回の件で、カルロは今まで以上にオフィシャルから目を付けられてしまっている。N△S△と父親のことがあるブレットとてそれは同じだ。あれだけの騒動を引き起こしておきながら二人の交際が人目につけば、面倒なことになるのは目に見えていた。双方のチームメイトも黙っていないだろう。
「場所は、これから探すしかないか……」
「ボウヤが心配することじゃねえよ、そういうことは俺に任せな」
 すったもんだの果てにようやく気持ちが繋がった。人目を忍んで二人きりの時間を作ろうと言う点で、二人は一致団結を誓う。
「とにかくお前は、さっさと反省文を書け。謹慎のままじゃ隠れようがない」
 現実にカルロの部屋の前に見張りが立っているわけではないけれど(だからこそカルロは屋上に脱け出しているわけで)、迂闊に出入りしようものなら必ず誰かに見咎められる。ロッソストラーダにはドアの隙間や壁に目も耳も貼り付けてるような奴がいるからな、とカルロはリオーネを念頭に置いてブレットの意見に同意した。とはいえ、
「何書きゃいいんだ?」
「反省してるままを、その通りに書けよ。最後に『ごめんなさい、もうしません』でパーフェクトだ」
「俺はお前や巻き込んだ奴らには悪いと思ってるが、オフィシャルに謝る気はねえぞ。あいつらは無関係だろ」
「そう言うな。オフィシャルは『ちゃんとお前を反省させました』って証明が欲しいだけなんだから」
「なおさら何て書きゃいいんだ」
 反省なんて言葉とは仲違いして久しい。大人の目を満足させられるような、形式ばったお利口さんの文章など書けるはずがなかった。意外なところに強敵が現れたとうんざりするカルロに、ブレットはいつものように「しょうのない奴だな」と優しく呆れて見せる。
「俺が考えてやるよ。さくっと書いて、終わりにしろ」
 その場でブレットが口述した反省文の草案は、カルロが逆立ちしたって出てこないような殊勝な言葉が整然と並んでいた。その夜のうちに、カルロはブレットに言われたとおりの作文を書き上げる。翌朝、原案ブレットのパーフェクトな反省文はオフィシャルの手に渡り、即日、カルロの謹慎は解かれた。
 かくして自由を得たカルロは、さらにひと晩たってブレットを誘い出す。
「もう見つけたのか」
「俺を誰だと思ってんだよ」
 カルロがさっそく見つけた隠れ家は、校舎裏の茂みだった。
 二人にとって逢瀬といえばどちらかの寮の屋上だったが、昼間の出入りは目立つ上、事件以後、芋づる式にブレットの天体観測がオフィシャルにばれた。天体観測自体を禁止されはしなかったものの、スタッフの見回りルートに夜の屋上が加わってしまっている。図書室も一部のレーサーの間で、二人が良く姿を見せる場所と認知されているためNGだ。そこでカルロが目を付けたのが校舎裏の茂みだった。ソルトレイクシティで通うスクールの校舎裏は、錠付きのフェンスで囲まれていて侵入は不可能と誰もが思い込んでいる。
 フェンス付近から校舎裏まで続く敷地は、ろくに手入れもされず雑草が伸び放題。とりわけフェンス周辺は、カルロの背丈も超えそうなほど青々と生い茂っていた。用務員にすら見放されたフェンスが、風雨にさらされてどうなっているかは見当がつく。案の定、立派な南京錠のかかったフェンスは錆びが進んでいて蝶番が外れかけていた。
「さすがだな、目聡い」
「褒めてんだろうな」
 建設途中の道路の、工事フェンスの錠前を壊すことさえ平気なカルロにとって、このテの場所に忍びこむのに毛ほども良心は痛まない。一方育ちの良いブレットは、イケナイことをしている自覚で胸をいっぱいにしているのだろう。すこし興奮気味にカルロが開いたフェンスの隙間をくぐって、これから二人のものとなる逢瀬の場所をきょろきょろと見回していた。
 恋人との逢引の興奮よりも好奇心が先に立つブレットを、非難するつもりでカルロはやや強引に校舎の壁に押し付ける。せっかく二人きりになれたと言うのに、カルロより隠れ家の様子が気になる彼に不満をこめたキスをぶつけた。
「……っ、ふ……」
 やや下からすくいあげるように触れてくるカルロの唇を、ブレットは呼吸をひとつ詰めたきり抵抗せず受け入れる。従順な彼の様子に、溜飲を下げたカルロはブレットを味わうことに専念した。
 角度を変え、薄い皮膚をこすりあわせる。それだけでちりちりと痺れるような感覚が耳の後ろを這い上がった。その感覚をもっと長く味わいたくて、ブレットの下唇を軽く食むように挟み込めば、湿った感触がカルロの上下の唇に触れる。もう一度彼の唇全体を撫でながら、唇から唇へ、わずかに移った唾液をまんべんなく引き伸ばした。
 キスのさなか、ブレットの手はカルロの鎖骨とも肩ともつかない位置に添えられていて、それ以上カルロを突き放すでも引き寄せるでもない。二人の胸の間で折りたたまれた彼の腕が、キスにちょうどいい距離を保つ。対してカルロの両手は、肩と言わず二の腕と言わず、ブレットの体の表面をあちこちとせわしなくさまよっていた。一度は失いかけたものの輪郭を、必死で確かめるカルロの動きには余裕がない。
 手のひらや指で感じられる硬さや温度は、ブレットそのもの。離れない唇は、ブレットがくれた気持ち。
 一度触れたら、離せない。風と斜陽の中で告げた言葉通り、ようやく掴んだ理不尽な世界の寄る辺を、思う存分カルロは堪能する。ブレットもカルロの動きを受け入れるがまま、自分から離れようとはしない。唇を擦り合わせるだけで、二人は幸せだった。
 ゆっくりともったいぶって離れた唇の間で、二人の吐息が混じり合う。文字通り目鼻の距離にあるブレットの瞳に、レース中に偏光ゴーグル越しに覗く怜悧な光はかけらもない。ゆるんだ瞼の奥で、ムーングレイがとろけていた。
「カルロ……」
 熱っぽいため息に、自分の名前の音が混じって胸が切なくなる。
 ブレットの瞳の色に、カルロが見入っていれば両頬にブレットの手が添えられる。犀利な彼の瞳をこうしたのは自分だと実感している間に、じわりとブレットの体温がしみこんできて、そのあたたかさに安堵した。このまま瞼を下ろせば安らぎに包まれて眠ってしまえそうだ。
「……ブレット」
 だが次の瞬間、カルロの頬を挟んだブレットの手に一気に圧がかかる。
 むにゅ。
 音にするなら、こんなところだ。ブレットの両手に潰された、カルロの頬の肉が寄り、あおりを受けた唇が前に突き出る。たいそう間抜けなカルロの顔を前に、ブレットは真顔で言った。
「アッチョンブリケ」
 カッと頭に血がのぼって、カルロはブレットの両手を振り払う。至福のひと時を掻き消され、一体何なんだと眉を吊り上げて抗議すれば、ブレットはけらけらと笑いながら答えた。
「日本の、スクールで、ははっ、読んだマンガ……、あははっ」
 肩を震わせるだけでは足りなくなって、ブレットは笑い声を上げる。声がでかいとカルロが窘めると、ブレットは口を押えたけれど収まりきらない笑いにいっそう肩が跳ねた。
「わけわかんねえぞ……!」
「日本人の、天才外科医の話さ。無免許だけどな。顔は、フランケンシュタインの怪物みたいな傷がある」
 つつ、と彼の指が額から眉間を通り、右の頬を横切らせるのは傷の形をカルロに説明しようと言うのか。どうでもいい情報にカルロは白々しい視線をブレットに向けた。
「マンガ読むとバカになるって言わねえ?」
「なかなか含蓄のあるストーリーだったぞ。レツの勧めだったが、丸っこい絵柄のわりに内容がヘビィだ。さっきのも、主人公の助手の女の子がよくやるんだが、彼女の生い立ちが複雑なんだ」
 カルロが聞きもしないのに、ブレットはかいつまんだ説明を始める。双子の姉の体内で18年もしくは20年生きてきた人間のなりそこね。主人公の手によって肉体を与えられて以降、彼女は彼の傍に侍り、忠実な助手として彼を支え続けた。外見はナーサリー(保育園)かキンダ―ガーテン(幼稚園)に通っていそうな少女だという。
「名前はピノコ。ピノッキオが由来だそうだ」
「ああ、そうかよ」
 カルロ自身、今の名前はピノッキオの作者にちなんでつけられている。親に捨てられる前の名は覚えていない。微妙に過去とリンクする話題に、わき腹を撫でられる不快感があってカルロはその話題を打ち切った。カルロの突然の不機嫌にも、ブレットは肩をすくめるだけで慣れたものだ。
「じゃ、俺はそろそろ行くよ」
「早えな」
「ロクな言い訳してこなかったからな。怪しまれる前にチームに合流しないと。お前もそうだろう?」
 どんなに粋がったところで、ロッソストラーダも他のグランプリチームと大差ない子どもの集団だ。よそよりスレているとはいえ、異国暮らしとなれば自然と同郷の者たちで肩を寄せ合うはめになる。チーム仲の良いアストロレンジャーズとは違う理由で、カルロもまたチームに戻らなければいけなかった。
「明日も会える」
 そう、ブレットは笑う。寂しいのは、物足りないのはお互い様。だが今は、疑われず、気づかれず、この逢瀬を続けられる環境を整えることが二人の最優先だ。そのためにも、当分外ではうかつに声をかけないことも約束し合った(とはいえ、これまで人目のつくところでカルロにちょっかいを出していたのはブレットばかりなので、気を付けるべきはブレットだけだ)。
 短いデートの終わりに、ブレットの手がカルロの指先に触れる。すっと彼の体が近づいて、耳元で声がした。
「また、明日」
 寝て起きれば来る、明日。ブレットにとっては当たり前に続く日々の延長で、カルロにとってはもう少しハードルが上がる直近の未来。その未来を約束して、二人は別れのキスを交わす。想いを繋げあったばかりの二人は、そうして短い逢瀬を頻繁に重ねていた。




 カルロが起こした事件は、オフィシャルの箝口令もむなしく、かなりの数のグランプリレーサーが多かれ少なかれの事情を聞き及ぶことになった。人の口に戸は立てられないいい例だろう。おかげで、しばらくはサーキットやスクールに現れるカルロに、関係者一同からそれはそれは冷え切った視線が浴びせかけられる。自業自得、そもそもこうなることを期待していた(結果、グランプリレーサーたちがブレットをカルロから隔離させる壁になることまで狙っていた)カルロは周囲の白眼視を一蹴する。好奇の視線には居心地の悪さを感じるカルロも、他人から向けられる負の感情には慣れっこだ。
 だが遠巻きに投げかけられる蔑視も、日に日になりをひそめていく。どうやらカルロを追いこんだ自責の念から、ブレットが方々に釈明してまわったらしい。ブレットはカルロに何も打ち明けなかったが、彼を見ていればわかる。目撃者やそれに近い者には、オフィシャルに代わり黙っていてくれるよう頭を下げ、又聞きの者たちには誤解だ、ただの行き違いによる喧嘩だと、オフィシャルにしたのと同じような弁解を繰り返したようだった。ブレットのこの細やかな行動は、本人の誠実ぶりも相まって、オフィシャルの箝口令よりよほど効果的に事件の後始末を終えた(それでも、アストロレンジャーズの二番手と紅一点は腹の虫がおさまらない様子で、シュミットはこれまで以上カルロには近づこうとしない)。
 こうして、物事はカルロにとっても、ブレットにとってもいい方向に転がり始めた。ブレットは無事で、カルロは今もロッソストラーダのリーダーの地位にいる。事件の衝撃も日ごとに風化していった。何よりカルロのことを好きだと言う、ブレットがカルロの腕の中にいる。
 このまま、すべてがうまくいけば。
 けれど、そうはいかないことをカルロはうすうす気づきつつある。原因は、やはりブレットとのことだった。
「好きな人とキスをすると、頭がふわふわとするものなんだな」
 隠れ家での恒例のキスを終えて、幸せそうにブレットはのたまう。自分に向けられるブレットのご満悦な表情に、カルロは素直に頷くことが出来なかった。余計な沈黙が恐ろしくて、カルロは間を埋めるようにブレットを引き寄せてキスの続きをせがむ。がっつく様子を隠さないカルロに、ブレットは例によって例のごとく「しょうのない奴だな」とまんざらでもない顔で応えるのだ。
 カルロの無尽蔵なわがままを、ブレットは底なし沼のように深く深く受け止める。決して拒まれることのない安心感はカルロには馴染がなく、それだけに覚えたばかりの感情は、自制の堰を切ってブレットに向かって流れ込んでいった。
 それで満足しておけばいいものを。
 人の欲には際限がなくて、とりわけ物にも情にも飢えてきた期間の長かったカルロは、もっともっととブレットから得られるだけのものを引き出そうとする。その欲が近頃、違う形になってカルロの肉体に変化をもたらし始めた。
 触れ合うだけで、幸せだとブレットは言う。肌のほんの一部を重ね合わせるだけで、思考もぼんやりと滲んで足の裏が地面から五センチは浮きそうだとブレットは言う。同じ感動を、カルロは抱けない。ブレットに触れる度に、キスを重ねるごとに、腹の底のほうでずんと重くなる熱があった。熱はいつまでもカルロの中に残り続け、ブレットと別れた後もじんじんとカルロの体を苛んだ。翌日ブレットとまた触れ合うと、ますます熱を抱え込む羽目になる。
 一度触れたら、離せない。自分で告げたセリフが、どれほど貪欲な、原始的な衝動に繋がるのか、あの時のカルロにはわからなかったのだ。
 ブレットと、ヤりたい。
 唇だけなんて足りない。抱擁だけでは満足できない。もっと多くの感触を、体温や匂いを、ブレットから引きずり出したい。誰も、彼自身ですら触れたことのない奥深くに自分を刻み込みたい。つまるところ、彼と、セックスがしたい。
 キスだけで恍惚に浸っているブレットとの、明確な温度差が辛い。また、仮に自分の欲望を彼にぶつけるにしたところで、具体的にどう行動すれば彼を手に入れたことになるのか、カルロにはわからなかった。
 男同士のあれこれについて、カルロが情報を得るルートは限られている。ジュリオに尋ねようものなら、ブレットと本気で懇ろになったと自白するようなものだ。人に尋ねられないなら活字に頼るしかないが、スクールの図書室にその手の本があるとは思えない。仮に検索用のコンピュータにかけようものなら、履歴が司書の元に飛んで騒ぎになるだろう。第一、カルロはあの白いの箱の使い方をあまりよく知らなかった。
「あいつが女なら、ぐだぐだ悩まねえで済んだってのに……」
 そう考えて、カルロの頭に忘れかけていたステラの顔がちらつく。ブレットがステラと同じ肉体を持っていれば話は早かった。聞きかじりの知識でも、実践に持ち込んでしまえばあとは本能が何とかしてくれることだろう。けれど、互いに男同士となると、とたんに難易度が跳ね上がる。もう二度と、ブレットを傷つけるような真似はしたくなかった。
 カルロは焦る。一度気持ちがマイナスを向けば、思考もつられて沈んでいく。ブレットの心を手に入れたとしても、カルロには気がかりなことが山ほどあった。
 ブレットの手前、ドンが彼から手を引いたと言い切ったものの、いつまたドンがブレットに食指を向けるかわからない。とはいえ、ドンを捨ててブレットの父親に走る踏ん切りもつかない。互いに牙をむき合う狼の群れも一皮むけば捨て猫の集まりでしかなく、醜くいがみ合うばかりのチームがカルロのホームであることにも変わりはなかった。第一、ブレットの気持ちがいつまで自分に向けられているのか。恋の眼差しを自分に繋ぎとめておく方法がわからないカルロは、いつ零れ落ちるとも知れないブレットの心が手元にあるうちに、彼の全てを自分のものにしてしまいたかった。
 欲しい。あいつが、欲しい。
 ドンの圧力からも、ブレットへの良心の呵責からも自由になった恋心が、ケダモノのように吼える。このところになると、彼が欲しいと願うだけでカルロの下半身に火が灯るようになった。
「……ぅ……っ……」
 ベッドから、カルロの殺しきれない呻きが漏れる。枕に顔を押し付け、顔を真っ赤にしたカルロの両手は自身の下半身をまさぐっていた。カルロの両手の中で、幼い分身はふるふると勃ち上がりかけている。
 勃起というには膨張の欠けた状態に、カルロは歯を食いしばって目を閉じる。枕相手に唇を落しながら、昼間にしたブレットとのキスを思い出そうとした。
 瞼を下ろし、カルロを待つブレットの顔。その頬に長い睫がカーブのかかった影を落としている。目当ての場所にゆるく皮膚を重ね合わせると、ブレットの唇がわずかにわなないてカルロを迎えた。
 キスの間、ブレットはいつもカルロの後手に回る。カルロが口を開けば応じ、角度を変えれば従う。呼吸するタイミングまでカルロに合わせながら、カルロのなすがままになるのが心地いいと彼はキスを終えた後の微笑みで告げるのだ。
 だったら、さっさと俺のもんになっちまえよ。
 そのセリフを、カルロは何度喉の奥に飲み込んだろう。彼とのキスで腰の下に重い熱を抱え込んで、ベッドに潜る。そうして枕にキスしながら自身を慰める度に、自分の望みがかなわないことを痛感する。
「っ、ふっ……ぅ……!」
 下着につっこんだ手を、カルロは強引に動かす。ズボンを脱がないのは汚す心配がないのがわかっているからだ。いくら擦ってもひっぱっても、カルロの未発達なペニスがにじませるのは、せいぜい透明な液体を一滴二滴と言ったところ。それもペニス全体になじませるうちにすぐ乾いてしまう。
 絶頂とはほぼ遠い、中途半端な自慰は時間がかかる。焦るばかりのカルロの手管では、鈍い快楽はいっそ苦痛だ。親指の腹で鈴口のあたりをぐりぐりと押し広げてもみるけれど、力加減がわからないやり方ではじくじくとした痛みになって、ますます絶頂から遠ざかった。
「くそったれ」
 正しい知識もなく、疼く体を慰める手段もなく、カルロは自らを罵る。12歳で精通がまだなことが、正常か異常かの判断材料すらなかった。これではセックスどころの話ではない。一刻も早くブレットを手に入れたいのに、出来上がっていない自分の体こそが最大の障壁となって立ちふさがる。
 中途半端に勃ち上がったまま、痛々しく腫れ上がった分身をカルロは見下ろす。はっ、と乾いた笑いが、吐精を果たせなかった赤ら顔に浮かんだ。
「……ピノッキオは、俺じゃねえか……」
 ピノコを哂えない、とカルロは自嘲する。
 校舎裏のランデヴーでブレットが語って聞かせた、元奇形腫の少女。彼女はしきりに主人公の「奥さん」を自称するものの、肝心の主人公からは「0歳の娘」と言われ続ける。主人公の手で組み立てられた肉体は、果たして彼女を「女」にするだろうか。幼いままであることに、彼女が苦悩を感じたエピソードがあるのなら、ぜひ読ませてくれと思う。
 カルロの焦りは募る。もう季節は秋だ。ソルトレイクシティでのレースは順調に消化されている。冬には、グランプリ最後の地・ワシントンD.C.がカルロたちを待っていた。ブレットの故郷でもある土地に足を踏み入れれば、閉会式まではあっという間だろう。そうなれば、次の大会までカルロとブレットは大西洋に隔てられる。それまで二人の心が繋がっているかどうか、そもそも次の大会でまた会えるかどうかも曖昧なカルロにとっては、何もできず、お遊びのようなキスを重ねる日々は、貴重な時間の浪費に等しかった。
 そんな煮詰まった思考が、カルロを大胆な行動に駆り立てる。
 忍び逢うことにも慣れたある日、いつもは校舎の壁に押し付けるはずのブレットを、カルロは地面に押し倒した。生い茂った草の間に仰向けにされたブレットは、印象的な月色の目を丸くしてカルロを見上げる。まるでそんなシチュエーションなど考えもしなかったと言いたげな眼差しに、カルロはきゅっと眉をひそめる。くやしさを隠さない表情で四つん這いになって、カルロはブレット逃げ場を塞いだ。
 だが実際は、そんなことをしなくてもブレットは逃げない。相変わらずカルロにされるがまま、背中が汚れることも構わずカルロの次の行動を待っている。驚いていた瞳はすっかりと落ち着いていて、自分を見上げる双眸に逆にカルロがうろたえた。
 燻る熱に突き動かされるようにブレットを押し倒したものの、そこから先どうしていいかカルロにはわからない。服を脱がせればいいのか、脱がすとしても上なのか下なのか、脱がした後はどうするのか、肝心のカルロのペニスはまだその用途を果たせないと言うのに。
 すっかりかたまってしまったカルロを、ブレットの探るような視線が掠めていく。無体を働くかどうかカルロが迷っているうちに、ブレットの腕が動いた。
 先に伸ばされたブレットの腕は、カルロの肩を通り過ぎ、頭の後ろで交差してカルロを抱く。優しい力で引き寄せられ、カルロは戸惑いながらもつっぱっていた肘を折りたたんだ。ブレットの健康的な胸板の上に、カルロのやせぎすのそれが重なる。体重をかけてしまうことを気にしたカルロを、いなすようにブレットの手が背中を撫で、一層彼の方にカルロの体を押しつけさせる。抗う選択肢のないカルロは、緊張の糸を自ら途切れさせてブレットの上に身を委ねた。
 胸を合わせ、静かに呼吸をする。草の匂いが、ツンと鼻の奥を刺激した。草むらに沈んだカルロの背中をブレットの手がゆるゆると撫でている。ブレットの発育の良い四肢は、しっかりとした存在感で覆いかぶさるカルロの体重を受け止めていた。
 静かだ。そよぐ秋風に、草が揺れる音しかしない。
 ブレットの体から、カルロのようなやるせない焦燥は感じられない。触れ合った下半身にも変化はない。彼にとって自分とふれあうことは、安らぎや心地よさに直結しているらしく、濫りがましい衝動とは無縁のようだった。
「何か、焦ってるだろ。お前」
 そんな清廉潔白なブレットの口から、やましさでいっぱいのカルロの耳にひそやかな声が届く。図星のど真ん中を突かれて、カルロは喉を鳴らした。
 ブレットへの恋を自覚したばかりの頃なら、自分の存在が彼に好意的に、穏やかに受け止められていることを素直に喜んだだろう。だが、吐き出す先のない欲にふりまわされている今のカルロにとって、ブレットが自分に向けるぬるい好意は拷問と同じだ。
「いいじゃないか、無理に、大人の真似なんかしなくても」
 わかってない。ブレットは何もわかっていない。カルロに残された時間がどれだけあるのか、カルロ自身すら手ごたえのない未来に、木枯らしが吹く直前の落ち葉のような自分たちの関係の儚さを、ブレットは少しも理解していなかった。
少しは協力しろよ、と自分のふがいなさを棚に上げた怒りがカルロの腹を焼く。だいたい、どこぞの不倫カップルみたくこそこそ会って、キスまでしておいて、今更大人の真似ごとの必要がないとはどういう料簡だ。
「くそったれ」
「カルロ?」
 カルロの苦悩も気づかず、カマトトぶるブレットにまたもやカルロの欲が暴走する。茂みから顔を持ち上げ、同じく草の上にある秀麗な顔に噛みついた。これまでの触れあい、押し付けるようなキスとは違い、ブレットの唇に自身のそれで喰らいつく。閉じた上下の唇をこじ開け、舌で歯列を押しのけてブレットの中に入りこもうとした。
「痛っ……!」
 ブレットの舌を捕まえようとしたとき、歯と歯がぶつかって嫌な衝撃が走る。その拍子にカルロの犬歯がブレットの舌の肉に突き刺さった。
 ブレットの顔が背けられ、キスが解かれる。肩を腕で突き放され、はっきりと距離を取られたことにカルロの胸がズキンと痛んだ。唾液に濡れたカルロの口を、秋風がひやりと撫でる。
 ちくしょう。
 どうしてこうも、うまくいかないのか。ディープキスひとつ満足にこなせないで、ブレットを抱けるわけがない。経験値のなさは明確なのに、口元を手で覆い、赤らんだ目元でこちらを見上げてくるブレットの顔に、劣情が先走って熱を持つ下半身が浅ましい。
 熱はある。欲もある。望めば応えてくれる相手がいる。なのにまるで無免許天才外科医の助手の少女のように、心に体がついてこなかった。
 ちくしょう。
 下半身の情けない変化を悟られぬよう、カルロはブレットの上からどいた。草の上に座ったまま、膨れた股間を隠すように立てた膝の上に腕を引っかけて項垂れる。
 しばらくして傍らでブレットが動く気配がした。すぐ後に背後から両肩を包まれた。
「カルロ、あのな……」
 カルロの肩に、ブレットの額が預けられる。おずおずとした声音は、カルロへの思いやりにあふれている。
「俺は、今のままで、十分幸せだから」
 満足してる、焦ることなんかない、俺たちのペースでいこう。次々とかけられる慰めの言葉は優しくて、とても残酷なことをブレットは知らない。




飢える世界
 (お前が欲しい、それだけだ)





++++++++++
カルブレです!!!
カルロの誕生日なのにこんな話でごめんなさい。

このカルロが時系列後半のスーパー攻様風になってくれるかと思うと、ギャップ萌えするんですが私だけですかねぇ……(遠い目)
カルロはご覧のとおり現時点で未精通ですが、ブレットは精通済みかな。
カルブレですよ、誰が何と言おうとカルブレですからね!!!

次で本当のラスト。最後までよろしくお願いします。
2015/08/07 サイト初出。

2015/08/07(金) レツゴ:ステラ事件(カルブレ)【完結】
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