【必読!!】
※カルロ12歳、ブレット13歳、WGP2inアメリカ8月以降のあれやこれやの最終話。
※「断罪のマリア」(前後編)「最善の悪意」(前後編)「天才は無知であると言う前提」(前後編)「飢える世界」(前篇)の後にどうぞ。
※カルブレのペッティングシーンがあります。なのでR15。PW制限はしません。
※ブレットのパパがオリキャラとして登場します。
※タイトルは「21」さまより。
不幸な者は希望を持て。
幸福な者は用心せよ。
飢える世界
キスのさなか、自分のではない手が股間に触れてカルロは心底驚いた。それがブレットの手だと理解した瞬間には、心臓が口から出るかと思った。カルロはブレットの唇を塞いでいる。だからもし本当に心臓が飛び出たとしたら、ブレットが飲み込む羽目になるのだ。好きで焦がれてどうしようもない相手に、心臓を食べられて息絶えるなんて、なかなかオツな死に方だなと思考がぶっ飛ぶ程度にカルロはパニックに襲われていた。その間も、ブレットの綺麗な、生ごみの詰まったゴミ箱どころかシンクの三角コーナーにすら触れたことのないだろう手が、カルロの息子の上をゆるゆると撫でている。ジーンズ越しの感触は、ぼやけているはずなのにやけにくっきりとした衝撃となってカルロの性感帯を刺激した。
何やってんだ、こいつ。
正直なところ、カルロが思いついた感想はそんなところだ。ブレットの行動に、意図に、まるっきり検討がつかなくて思考も体も硬直する。唇を吸いあうようなキスは、カルロがフリーズすると共に自然と解けてしまった。
はぁ、とブレットの赤い唇から艶めかしい吐息が零れる。ルージュを引いた淫売さながらだが、少し顰められた眉と目元を染める紅潮が彼の初心なところをアピールしている。伏せられた瞼の下で揺れるブルーグレイが、しっとりと濡れているさまは、娼婦とも処女ともつかない色気でカルロを惑わしていた。
キスを解いても、股間から離れないブレットの手のひら。そこに何かのメッセージが込められている気がして、けれどカルロはブレットがカルロにしてくれるほど上手く彼の真意を読み取ることはできない。だから、散々迷った挙句彼と同じように彼の股座に手を伸ばす。とても勇気のいる行動だった。
間違っていませんように。独りよがりではありませんように。
ずっと過去に縁切りしたままの、神以外の何かに祈りを捧げながら、カルロがブレットの部分に触れた時、ごくわずかにブレットの肩が跳ね、カルロに当てられていた手のひらがこわばる。それでも逃げたり、引いたりしない彼の度胸だか意地だかわからない何かに促され、カルロは少しばかり強く押し付けた手のひらを上下させた。
「……ぁ……は……」
至近距離で響く、熱っぽいかすかな声がカルロの耳の中で何十倍にも膨れ上がり、果てのないエコーと共に脳内を駆けまわる。声は空気に触れなければ届かないのに、拡散される音すら掬い上げたくてカルロはブレットの唇を塞ぐ。空いた方の手で、ぐっと彼の肩を掴んで引き寄せた。ブレットもまた、腕を背中に回して抱きかえしてくる。
「っ……う……ふ、ぅ……」
互いの股間をズボンの上からまさぐりながら、これまでと違う濃厚なキスを交わす。重なる唇は吸盤のようで、口内で混じる呼吸と唾液は綱引きの綱だ。時おり漏れる声が、もうどちらのものかもわからずに、キスに、股間から脳髄を直撃する刺激に、二人は夢中になった。
たぶんこれも、ブレットから与えられる優しさの亜種だろう。ブレット曰く「大人の真似ごと」をしたいカルロに、ブレットが譲歩という名の大きな一歩を踏み出してくれた。そうすることで逆に「今はここまで」という太い限界線を引いたブレットは、カルロの体がそのラインを踏み越える機能を備えきっていないことをきっと知らない。
カルロよりはるかに健康で、健全で、ひとつ年上の彼の体は、カルロの届かないラインをすでに踏み越えた場所に立っているのだろうか。カルロが立ちたくても立てない場所で、ふしだらに先を急ぐわけでもない彼の、自制心の強さに脱帽する。彼を止めるものは畏れ? 不安? 道徳? 良識? いずれにしたところで、体も出来上がっていないカルロに心の問題は早すぎた。
越えたことのない絶頂の壁を前に、未だカルロは足踏みをしている。それでもブレットと交わすキスは心地よくて、互いを高め合う刺激は新鮮だ。ぴちゃり、といやらしい水音を立ててキスが終わったころには、どちらも肩で息をしていた。耳の先まで赤くしたブレットと、カルロはきっと同じ顔をしている。
分厚い瞼がまたたき、滲んでいた涙の粒子を払うようにして持ち上がった。長いブロンドの睫にふちどられた、ブレット独特の月光色がうるうるとカルロを見上げてくる。
「カルロ」
何か言いたそうな彼に、カルロは軽く眉を上げて言葉を待った。すると彼は、両腕をカルロに回して抱き付いてくる。鼻先に迫ったブレットの肩やらうなじやらから、彼の匂いがする。洗い立てのシャツのような、清潔な匂いだった。反射的に抱きかえすと、太陽をいっぱいに含んだ彼の存在感が強くなった。
「好きだ」
月色の彼は、カルロの肩口に寄せた唇で、感極まった言葉をくれる。すぐ耳元から響く、シンプルな三文字にカルロは震える。けれど、続く彼の言葉にカルロは喉元をきゅっと締め付けられる感触を覚えた。
「お前は?」
俺のこと、好きか。
シンプルで、邪気がなくて、色っぽくて、豪胆で、正しい。そんなブレットの問いかけが苦しい。抱擁に専念していた腕に、迷いが生まれた。
ステラやドンの一件で、カルロは学んだことがある。今が幸福だと思う者は、用心しなければいけないということだ。ブレットに聞けば、ラテン語のことわざの一節によく似たものがあると教えてくれることだろう。ステラの登場に動揺した時、カルロは慣れない幸福に浮かれていた。ドンに弱みを握られかけた時も同じだ。もうミスは赦されない。カルロはひどく慎重になった。
好きだよ、お前が好きだ、誰よりも、お前以外誰も欲しくない、お前さえいれば、俺はお前だけでいいんだ。
警戒心もなく、そんな言葉が次々とカルロの胸から溢れ、喉からとめどなく零れ落ちそうになるのをぐっとこらえる。外気にさらされることのなかった想いは、ロトの当選くじのようにカルロの内側で舞い踊る。どれかひとつでも伝えてやれば、ブレットは満面の笑みで喜ぶことはわかっていた。
「んな、女々しいこと、聞いてんじゃねえ……」
大当たり確実のロトを前に、キャリーオーバーを選ぶのは愚か者の所業だ。けれど心を直截に告げるにはあまりにも、カルロの内心は不純で、ふしだらで、濫りがわしい。ブレットの心を繋ぎとめたい一方で、その手段は清廉な彼を穢す。まるで雨の舞台の夢の中で、カルロの垢に汚れるブレットを眺めているかのような既視感に嫌悪感が先に立つ。むやみやたらに突っ走るには、あまりにも危険なコースが目の前に広がっていた。
「女々しいのか、言葉を欲しがるのは」
問題なのは、カルロの前に立ちふさがる難関が、ブレットの月色の目には見えないことだ。世間にはばかるものなど何も持たない彼は、案の定、カルロとは違う、見晴らしがよく整備されたコースの上を走っていた。ブレットの反応は、恋のスピードが、加速するばかりの恋のコースが、二人別々なことをカルロに思い知らせる。
ブレットは、カルロに冷たく突き放された悲しみを隠さなかった。カルロは、音が漏れないよう舌打ちをする。ブレットのように上手く、優しくさりげなくフォローするなんて芸当はできなかった。
「これでわかれ」
だからカルロのフォローはいつだって荒っぽい。押し付けるようなキスを寄こして、あとの解釈もブレットに丸投げした。
「うん……、ありがとう、カルロ」
思いやりに溢れるブレットはキスの後にはにかんだ顔を見せてくれたけれど、恋の進め方のズレを補う方法は、まだ何も見つかっていない。一緒にいられるタイムリミットが刻一刻と迫る中、カルロは自分の中の焦りを打ち明けることも出来ず、ひとりもがいていた。
かの人物と出会ったのは、砂時計の砂もあとわずかとなったワシントンD.C.でのことだ。
「そこの君、道を教えてくれないか」
スタジアムの関係者以外立ち入り禁止の区域で、声をかけられたカルロは眉をひそめて振り返る。視線を向けた先には、身なりの良い赤毛の紳士がいた。
「アストロレンジャーズの控室を探してるんだが」
「おっさん、誰」
不信感を隠さないカルロの物言いに、かぶさるようにスタジアムで声援が上がる。カルロと紳士の視線が、ほぼ同時に壁の向こうに引き寄せられた。大方、ファイターがまた派手で馬鹿馬鹿しい登場をしてみせたのだろう。あのやりすぎ感のあるパフォーマンスは、派手好きのアメリカ人にウケがいい。特に今日のような、お祭りメインのレースにはもってこいだ。
ファイナルを盛り上げるために開催されたエキシビジョンマッチは、決勝進出チームこそ出場しないものの規模は盛大で、ワシントンD.C.の市長が出席する記念式典まで用意されている。金にならないイベントに興味などないカルロだが、グランプリ公式イベントである以上無視はできない。ただ行き過ぎとも思える能天気な盛り上がりぶりが、カルロを白けさせた。
冷めた空気を微塵も隠さないまま、それでもカルロがレース前のスタジアムを覗いていたのにはわけがある。
応援のフラッグやパネルで賑やかなスタンドの中で、マスコミのカメラや警備の人間でとりわけ物々しい一角が目当てだった。マスコミの真後ろには、市長も座る来賓席が設えられていて、そのあたりだけ行き交う人物の品格が違う。ファイナリストであるアストロレンジャーズの身内もたむろしていた。
スタッフオンリーの通路から、来賓席を伺うカルロの青い眼差しは、そのひとりひとりの顔を真剣に追いかけていた。
ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコにソルトレイクシティ。レース会場を移動するたびに、その地の出身者であるアストロレンジャーズの家族が顔を出してきた。おかげで、来賓席で挨拶を交わす面々が誰の家族なのかすぐわかる。彼らを除外して、残った顔ぶれがブレットの身内と言うわけだ。そうして目についたのは、40過ぎのブロンドの淑女と、彼女に寄り添う毛色の違う若い女が二人。雰囲気こそ三者三様だが、十人中十人が「美人」と認める華があった。
『父に母、それから歳の離れた姉貴が二人、同居してない祖母に、あと犬が二匹いる』
ブレットから直接聞き及んでいる彼の家族構成。犬の情報は余計だが、おかげで三人の美女が彼の母親と二人の姉だということは察しがついた(余談だが、のちにブレットから彼の母親の年齢を聞かされた時、自分の見立てより10歳は上だったことにカルロは度肝を抜かされる)。だが、あと一人、彼の父親らしき男性の姿は見受けられない。政府要人ともなれば、おいそれと私事の招待にも応じられないのだろうか。
ブレットの父親に、思いを馳せる。ブレットが、ドンに対抗できる存在として挙げた存在。カルロが初めて知る、ドン以外の力ある大人。その姿をひと目拝んでみたかった。息子の晴れ舞台である、ファイナルには来るのだろうか。かの人物の顔を拝む機会が先に延びたことに、カルロは落胆する。
そんなことを考えていたものだから、不意に呼びかけてきた紳士の正体に勘付くのに時間がかかった。まさか、そんな偶然があるわけないと思っていた。
「愚息がチームリーダーをしていてね。今日のレースの激励さ」
MIT卒の天才児を愚息扱いかとか、アストロレンジャーズは式典に参加こそすれレースには出ないから無駄足だとか、呆れることと言うべきことを頭の中で旋回させたままカルロは目の前の人物を食い入るように見つめた。
180センチはゆうに超える(ブレットなら6フィート以上と表現するだろう)長身の紳士は、鮮やかな赤毛、澄んだ青い瞳、しっかりした顎に、かすかな笑みを浮かべてカルロを見下ろしている。柔和でありながら、がっしりとした体格にふさわしい威風堂々とした雰囲気。自分に恥じるところのない人間特有の余裕を前に、カルロが抱いた感想はシンプルだった。
似てない。
世界に愛された確信と肉体の健やかさを別にすれば、眼前の紳士は彼の息子にまるで似ているところがなかった。
『隔世遺伝なんだ』
天文学者である祖父との相似性について、ブレットはそう語った。あれは頭の中身や星バカな性質だけでなく、容姿のことも含まれていたらしい。遠目に見た彼の母や姉たちに彼の面影がなかったから、てっきり彼の外見は極端な父親似なのだと思い込んでいたカルロには驚きだった。声をかけられてすぐ、ブレットとの関連性に思い至れなかったのもそのせいだ。
飛びぬけた頭脳に鬼子とくれば家庭内不和を招きそうなものだが、今日までカルロが聞き及んでいるブレットの言動に暗い影は感じ取れなかった。彼が父親を心から敬慕しているのは、父から貰ったという双眼鏡への愛着が証明している。
眼前の人物も、息子が自分の種だという確信があるのか、美しい妻の不貞を微塵も疑っていないのか、どこに出しても恥ずかしくない息子を愚息と言い切る言葉じりには隠し切れない愛情が滲んでいた。この余裕をまさかDNA鑑定なんてものが支えていたらどうしようかと、栓ないことをカルロは考える。円満そうなアスティア家の裏にある深淵をカルロは無意識に覗きこもうとし、けれど善き夫、善き父であると同時に権謀術数の政治に生きる男は、表情を大きく動かさないまま微笑むという高度な芸当でカルロの詮索をかわしていた。
深刻そうな顔で自分を観察する少年に、ブレットの父親は人差し指と親指L字に広げた右手を自身の頬に添える。そして、何かに気づいたかのように首を傾げた。
「君は、ひょっとして、イタリアチームの」
「すいませんでした」
名前を言い当てられる前に、カルロは謝罪の言葉を口にしていた。この場にカルロを知る者がいれば目をむいたことだろう。あのカルロが、率先して人に謝るだなんて。カルロを知らないブレットの父も、きょとんと青い瞳を丸くしている。
カルロにとって、その行為は何の違和感もなく達成された。しかし、だしぬけの謝罪の先が続かない。再び口を閉ざしてしまったカルロに、ブレットの父は穏やかな無表情で先を促す。
「事情を聞いても?」
深みのある、腹の底にダイレクトに響く声だった。ブレットの、あの演説向きの声音は間違いなくこの人譲りだと感じたカルロは、まるで日頃ブレットからかけられる魔法と同じように口が軽くなる。ブレットの父親の要望に応え、カルロはFIMAがもみ消した事件のことを打ち明けた。
「顔はもう、綺麗なもんだが……あんたには、謝ったとかねえとって」
カルロの釈明は、ブレットに傷を負わせたことに終始した。その背景に影を落とすドンの存在や、二人が育んでいた関係には一言だって触れない。ひどく言葉足らずだろうカルロの説明に、ブレットの父は多くを尋ねることなく耳を傾けてくれている。ブレットをこの世に生み出し、愛情深く育ててきただろう人物は、我が子と同じ年頃の少年にも優しかった。
もしこんな人が、いたら。
カルロのこれまでの人生に、もしこんな大人がいてくれたら、守ってくれたら。頭の片隅を掠めていく空想の後ろ髪を、カルロは掴むことなく見送る。訥々と話し終えたカルロに、優しい父親は確かめるように呟いた。
「君とブレットが、喧嘩……」
ブレットがFIMAや周囲にした弁解に、カルロは大方の部分で口裏を合わせている。自分の罪を軽くしているようで居心地が悪かったが、のちのち辻褄が合わなくなって話がこじれるのは避けたかった。
しかしブレットの父親はそんな些末なことなど気にしていない様子で、ふむ、と唸る。その顔には、でかでかと「カルロの話が信じられない」と書かれていた。
「本当に、あの子が? 怪我するような喧嘩を、君と?」
しつこく念を押され、予想とは違うブレットの父親の疑り方にカルロは戸惑う。
「そんなに、信じられねえ、っすか」
「天変地異の前触れだ」
驚きを掲げるように、ブレットの父親は両の手のひらを天井に向けた。父親曰く、ブレットはごく小さいころを除けば、誰かと取っ組み合うような諍いを起こしたことがない。今も昔も、ブレットの負けん気の強さは、他者への怒りや憎しみではなく自分への奮起に変換される。誰よりも大人びて、クールで、他人の仲裁に入ることの多い彼は、カルロにも想像にたやすかった。ゆえに彼の父は、我が子が年相応のもめ事を起こしたことを、驚きでもって受け止めている。
「仲直りはちゃんとしたのかい?」
「え、あ、まあ……一応……」
仲直りの度が過ぎて、キスまでしましたとは口が裂けても言えない。ドンに勝てるかもしれない大人への畏敬と、その愛息といかがわしいことをしている後ろめたさがカルロを萎縮させる。このまま目に見えないほど小さくなって、消えてなくなってしまいたかった。
「君とブレットの間でケリのついたことなら、私が言うべきことはない」
目の前のこの人に、自分はどう映っているだろうか。学のない、礼儀もろくにわきまえない痩せっぽちの悪たれ小僧が、良くできた息子と親しくすることに不快感を表に出さない良識はあるらしいけれど。カルロすら歓迎する大人を前に、また、嫌な想像が脳裏をよぎった。
もし、カルロがステラなら。
諸手を上げて喜んだだろうか。年相応からは逸脱気味の関係を築いていたとしても、幼い恋を見守ってくれるだろうか。シュミットならどうだ。ブレットと「レベルの合う」彼とカルロとで、目の前の人物の対応が変わると考えると肝が冷える。少し前なら当たり前のことと鼻で笑って終わったはずの空想が、じくじくと胸を刺した。
俯くカルロをどう思ったのか、善き大人は上体をかがめてカルロの顔を覗きこむ。
「強いてひとつ言うなら、今後もあの子と仲良くしてやってほしい。喧嘩相手なんて貴重でね」
ステラより?
シュミットより?
前のめりで問いただしたくなる。
『俺はあまり友達がいない』
星空の下で聞いた、ブレットの告白が耳によみがえる。父親に似た声の響きに、カルロの胸をよぎるのは後悔だ。ブレットと友達のままでいられたなら、彼の父親を前にこんな居心地の悪さを抱えずに済んだだろう。けれどもう、カルロの気持ちは友情という柵から飛び出してしまっていて、ブレットの用意した檻の中にいる。外の世界で何を餌にチラつかせられようと、この檻から離れたくなかった。
ごめんなさい。
あなたの大事な息子を、欲しがってごめんなさい。
ブレットの父親に本当に謝りたかったことを、カルロはついに告げることができなかった。
「最近、お前変だ」
おざなりなキスを終えて、口元を拭うブレットは不満顔だ。高め合う熱が中途半端なのは相変わらず、苦しくもやみつきになる快感にのたうち回る日々は変わらない。だがもっと厄介なのは、ブレットと触れあうたびに、先日会った彼の父親の顔がちらつくようになったことだ。
「何が」
「たぶん、この間のエキシビジョンマッチのくらいから……」
「だから何が変だって言うんだよ」
「わからない。だけど気もそぞろだし、悩みでもあるのかと」
「ねえよ」
ブレットはカルロの逡巡を敏感に察知していて、けれど心当たりがなくて右往左往しているのだろう。そりゃそうだ、とカルロは胸の内でブレットの不安を哂う。自分の恋人と父親が直に会話していたことを、彼が知る由もないのだから。二人の邂逅は、ブレットにも明かさない秘め事だった。
『今日のことは私たちだけの秘密にしよう』
君がブレットに打ち明けたいなら好きにすればいい、私からは決して何も言わないと、ブレットの父親はカルロに約束した。おかげで、彼の愛息は余計な心配に胸を痛めている。いや、どこまでいってもカルロの悩みにはブレットが関わるのだから、余計ではないのか。
「じゃあ、心配事とか」
「だから、何もねえよ」
「オーナーが、また何か言ってきたか。それともまだ、その、先に……進みたいの、か?」
「いい加減しつけえ」
あれやこれやと頬を赤く染めてまで気をもむブレットに、カルロは苛立つ。ドンのこと、二人の関係の進め方のこと、どれも無関係ではないけれどカルロの懊悩の根っこには届かないところがもどかしかった。そうしてカルロに突き放されると、ブレットはひどく傷ついたような顔をする。
「そんな言い方、ないじゃないか……」
昔は違った。昔と言うほど、大げさな過去ではないけれど。想いが通じる前のブレットは、いつも堂々としていて、カルロの棘のある言葉や態度に微塵も揺らがなかった。その力強さに安堵して、カルロは傍若無人にふるまうことで甘えてきたのだ。強いはずのブレットが不安に青ざめている姿を前に、カルロはもたれかかる先を失ってますます心が委縮していくのが分かった。
それっきり閉ざしてしまったブレットの唇に、カルロは埋め合わせをするかのように自分のそれを寄せる。そんなことでしか、彼を慰める術が、自分の非を詫びる術がなかった。
ブレットを言い訳に、カルロはアメリカ随一の頭脳と繋がった部分に触れる。ブレットの父親はFBIにも顔が聞くそうだ。この関係がバレたら、自分は消されるかもしれない。例えばCIAあたりに、どう調べても事故にしか見えない方法で。きっとあの赤毛の紳士には目に入ったゴミを取り除くくらい簡単なことだろう。
できの悪いハリウッド映画のようなお寒い想像を、ブレットは持たない。ステラ相手でなくても、非難されるのはいつもカルロの方だ。例えばカルロが、シュミットのような良家の子息だったら、不自然さは軽減されただろう。せめてどちらかが女だったら、この恋はもっとシンプルだったろうに。
「悪かったよ、ちっと虫の居所が悪かっただけさ」
拗ねるなよ、ボウヤと虚勢と共に囁けば、ブレットの頬にほのかに色味が戻る。カルロの一挙手一投足に、打てば響く鐘のように反応を返してくれる彼が愛しかった。彼が笑い、悲しみ、傷つき、恍惚に浸るたびに、自分は間違いなくここにいるのだと実感できる。
「俺でよければ、力になるから」
本当だぞ、何かあれば言えよと、優しさの大風呂敷を広げるブレットにカルロは御愛想の笑みを返す。彼の言う「何か」が、つないだ手をほどかないでおく物であればいい。また、ブレットの父親の姿が脳裏に浮かび、その幻が口を動かしてカルロに告げる。
『努力したまえ、カルロくん。「意志あるところに道は開けり」だ』
善き大人は善き大人らしく、おしつけがましくない助言を残して去っていった。その言葉の意味を、カルロは判じかねている。ただ表面的に、子どもに将来のことを諭すだけのセリフだとは思えなかった。
『あ、あんたのことも、聞いてる』
あのエキシビジョンマッチのスタジアム、スタッフオンリーの廊下で、カルロはブレットの父親に食い下がった。この機会を逃せば、サシで話すことなど二度とない気がして必死だった。
『私のこと?』
『若いころ、苦労したって、ブレットが』
『そんなことまで、話したのかい、あの子は』
俺も同じだと言うつもりだったのか、言ってどうするのか、あの時は自分の言葉の先々をあまり考えていなかったように思う。ただブレットがカルロに資すると思った「善き大人」と少しでも長く話していたかっただけのカルロは、ブレットの父親の反応に焦った。父親のひどく個人的な過去をやたらめったら吹聴したと、ブレットが誤解されてはたまらない。
『あいつは、その、俺のためにしゃべっただけで。だから、あの、し、叱らねえで、やってくれよ……』
『叱らないさ。あの子が、君に必要だと思ったのならそうなんだろう』
ブレットの父は、過去を懐かしむようにカルロを見やる。この立派に成功した大人にとって、今のカルロはかつての自分を彷彿とさせるのだろうか。若くして天涯孤独の身になりながら、日銭を稼ぎ勉学に励み、決して諦めず投げ出さず、ついにはこの巨大な国の中枢に身を置いた。ブレットが「他人事ではない」とカルロに語って聞かせたまさにその人は、どうか、自分の過去を役立ててほしいとカルロに言った。そしてカルロの頭に大きな大人の手を置き、あのありがたい訓示を残して去っていく。アストロレンジャーズの控室の場所を教えそこなったことにカルロが気づいたのは、どこかの曲がり角に大きな背中が消えた後だった。
もう感触もとっくに消えたブレットの父親が触れた部分に、カルロは手をやった。手のひらの置き方、重みのかけ方、どれもが「しょうのない奴だな」とブレットがカルロを撫でる手つきを彷彿とさせる。カルロを安心させるとともに、失う恐怖心をあおる手のひらだ。
努力しろと、ブレットの父は言った。道は開けるとも。だがその努力が何のためのものであり、どこへ行きたいのかがカルロにはわからない。金が欲しい、住む場所が欲しい、服が欲しい。どれもなるべくたくさん、広くて、綺麗だといい。そして忘れてはいけない願いがもう一つ。
ブレットが、欲しい。この願いを果たすのにもきっと、途方もない努力がいるのだ。けれど、どうやって? ブレットの父親に赦されることを考えただけで気が遠くなる。
真夏の図書室で、父を信じろとブレットは言った。努力次第で世界は変わるのだと約束した。ブレットの父親の言葉は、ブレットのそれよりも曖昧模糊として掴みどころがない。だが彼の存在は、人生に分岐点というものがあるのだとカルロに教え、それは今なのだとカルロに感じさせてやまない。カルロの選ぶ道次第で、あり得るかもしれない未来こそがあの人なのだと、あの短い対面でブレットの父親はカルロの記憶に刻み付けたのだ。
「俺に、どんな道が選べるんだろうな……」
シュミットなら、女なら、そんな意味のない仮定にかかずらう暇があるなら前に進むべきだ。ブレットの父の言葉はカルロにそう教える。だからこそ、五里霧中の今に焦る。前がどちらかわからないのは、日本にいたころから変わらない。
「カルロ?」
ひとりごちるカルロの傍らで、大切なブレットが不思議そうにこちらを見ている。タイムリミットが、もうそこまで迫っていた。
「何でも良いから、連絡よこせよ」
ファイナルを終えアメリカを去るカルロに、ブレットは連絡先を書いた紙切れを押しつけてきた。別れ際も彼は終始明るい表情を崩さなかったが、カルロの態度に対する不安の裏返しだったとカルロが思い至れるようになるのはずっと後のことだ。
「期待はするな」
「待ってるからな」
「あばよ」
「ああ、また」
最後までカルロとブレットは食い違う。欲しいくせに希望を抱くまいとするカルロと、欲しいものにストレートなブレットのやりとりは、傍目には悪友ならではの意地の張り合いに見えた。
そうして二人は、一年近くに及ぶ断絶の時を過ごす。ドイツのクリスマスイブに起こる奇跡を、カルロはまだ知らずにいた。
飢える世界
(すきっ腹に、お前は重すぎる)
+++++++++
結局最初から最後までカルロ可哀そうな話になってしまいました……うう、カルロごめんよ。
ブレットとの社会的格差もオーナーのことも精通のことも、この連載では何一つ解決していないけれど、ここまで書かせていただきました。最後まで読んでくださってありがとうございます。
連載を通して、ロッソのメンバーの影が薄くてもうしわけない。上手く話に入れられなかったのは、私の中で彼らのイメージがあまり固まってないからでしょう。
今後、カルブレに絡ませながらいろいろ考えてみようと思います。
【WGP2inアメリカのスケジュール】
ワシントンD.C.(大会前)
2月 「答えは僕を待っている」
ニューヨーク(3月~4月)
3月頭 開会式
ロサンゼルス(5月~7月上旬)
6月 カルブレ天体観測スタート「ミルキーウェイブルース」
7月 お勉強会スタート「リアリストの狂信」「真冬の蛍、その飼い方」
サンフランシスコ(7月中旬~9月上旬)
7月下旬 ステラ登場
8月上旬 「断罪のマリア」
9月上旬 「最善の悪意」
ソルトレイクシティ(9月中旬~11月)
9月中旬 「天才は無知であると言う前提」
10月頭 「飢える世界」(前篇)
ワシントンD.C.(12月~1月)
12月 「センチメンタルテロリズム」
1月頭 エキシビジョンマッチ「飢える世界」(後編)
1月末? ファイナル&閉会式
WGP3inドイツ
ベルリン
3月?4月? 開会式
???(ミュンヘンかな?)
12月24日 「ペシミストの救済」
という流れになります。(ヒューストンに寄る暇がなかった……orz)
“Where there's a will, there's a way.”(意志あるところに道あり)byリンカーン
カルロがこの言葉の意味を理解するには、ペシミストの救済の時点まで待つことになります。
ペシミストのブレットサイドの話の構想もありましてね、いつか書けたらいいな。
改めまして最後までお付き合いくださってありがとうございました。
連載中はずっと不安を抱えていたので、ここまでたどり着けて良かったです。とりわけ、拍手やコメントで応援してくださった方々には特にお礼申し上げます。
このオチが期待はずれでないことを願いつつ、次作をお楽しみに。
2015/08/13 サイト初出。
※カルロ12歳、ブレット13歳、WGP2inアメリカ8月以降のあれやこれやの最終話。
※「断罪のマリア」(前後編)「最善の悪意」(前後編)「天才は無知であると言う前提」(前後編)「飢える世界」(前篇)の後にどうぞ。
※カルブレのペッティングシーンがあります。なのでR15。PW制限はしません。
※ブレットのパパがオリキャラとして登場します。
※タイトルは「21」さまより。
不幸な者は希望を持て。
幸福な者は用心せよ。
飢える世界
キスのさなか、自分のではない手が股間に触れてカルロは心底驚いた。それがブレットの手だと理解した瞬間には、心臓が口から出るかと思った。カルロはブレットの唇を塞いでいる。だからもし本当に心臓が飛び出たとしたら、ブレットが飲み込む羽目になるのだ。好きで焦がれてどうしようもない相手に、心臓を食べられて息絶えるなんて、なかなかオツな死に方だなと思考がぶっ飛ぶ程度にカルロはパニックに襲われていた。その間も、ブレットの綺麗な、生ごみの詰まったゴミ箱どころかシンクの三角コーナーにすら触れたことのないだろう手が、カルロの息子の上をゆるゆると撫でている。ジーンズ越しの感触は、ぼやけているはずなのにやけにくっきりとした衝撃となってカルロの性感帯を刺激した。
何やってんだ、こいつ。
正直なところ、カルロが思いついた感想はそんなところだ。ブレットの行動に、意図に、まるっきり検討がつかなくて思考も体も硬直する。唇を吸いあうようなキスは、カルロがフリーズすると共に自然と解けてしまった。
はぁ、とブレットの赤い唇から艶めかしい吐息が零れる。ルージュを引いた淫売さながらだが、少し顰められた眉と目元を染める紅潮が彼の初心なところをアピールしている。伏せられた瞼の下で揺れるブルーグレイが、しっとりと濡れているさまは、娼婦とも処女ともつかない色気でカルロを惑わしていた。
キスを解いても、股間から離れないブレットの手のひら。そこに何かのメッセージが込められている気がして、けれどカルロはブレットがカルロにしてくれるほど上手く彼の真意を読み取ることはできない。だから、散々迷った挙句彼と同じように彼の股座に手を伸ばす。とても勇気のいる行動だった。
間違っていませんように。独りよがりではありませんように。
ずっと過去に縁切りしたままの、神以外の何かに祈りを捧げながら、カルロがブレットの部分に触れた時、ごくわずかにブレットの肩が跳ね、カルロに当てられていた手のひらがこわばる。それでも逃げたり、引いたりしない彼の度胸だか意地だかわからない何かに促され、カルロは少しばかり強く押し付けた手のひらを上下させた。
「……ぁ……は……」
至近距離で響く、熱っぽいかすかな声がカルロの耳の中で何十倍にも膨れ上がり、果てのないエコーと共に脳内を駆けまわる。声は空気に触れなければ届かないのに、拡散される音すら掬い上げたくてカルロはブレットの唇を塞ぐ。空いた方の手で、ぐっと彼の肩を掴んで引き寄せた。ブレットもまた、腕を背中に回して抱きかえしてくる。
「っ……う……ふ、ぅ……」
互いの股間をズボンの上からまさぐりながら、これまでと違う濃厚なキスを交わす。重なる唇は吸盤のようで、口内で混じる呼吸と唾液は綱引きの綱だ。時おり漏れる声が、もうどちらのものかもわからずに、キスに、股間から脳髄を直撃する刺激に、二人は夢中になった。
たぶんこれも、ブレットから与えられる優しさの亜種だろう。ブレット曰く「大人の真似ごと」をしたいカルロに、ブレットが譲歩という名の大きな一歩を踏み出してくれた。そうすることで逆に「今はここまで」という太い限界線を引いたブレットは、カルロの体がそのラインを踏み越える機能を備えきっていないことをきっと知らない。
カルロよりはるかに健康で、健全で、ひとつ年上の彼の体は、カルロの届かないラインをすでに踏み越えた場所に立っているのだろうか。カルロが立ちたくても立てない場所で、ふしだらに先を急ぐわけでもない彼の、自制心の強さに脱帽する。彼を止めるものは畏れ? 不安? 道徳? 良識? いずれにしたところで、体も出来上がっていないカルロに心の問題は早すぎた。
越えたことのない絶頂の壁を前に、未だカルロは足踏みをしている。それでもブレットと交わすキスは心地よくて、互いを高め合う刺激は新鮮だ。ぴちゃり、といやらしい水音を立ててキスが終わったころには、どちらも肩で息をしていた。耳の先まで赤くしたブレットと、カルロはきっと同じ顔をしている。
分厚い瞼がまたたき、滲んでいた涙の粒子を払うようにして持ち上がった。長いブロンドの睫にふちどられた、ブレット独特の月光色がうるうるとカルロを見上げてくる。
「カルロ」
何か言いたそうな彼に、カルロは軽く眉を上げて言葉を待った。すると彼は、両腕をカルロに回して抱き付いてくる。鼻先に迫ったブレットの肩やらうなじやらから、彼の匂いがする。洗い立てのシャツのような、清潔な匂いだった。反射的に抱きかえすと、太陽をいっぱいに含んだ彼の存在感が強くなった。
「好きだ」
月色の彼は、カルロの肩口に寄せた唇で、感極まった言葉をくれる。すぐ耳元から響く、シンプルな三文字にカルロは震える。けれど、続く彼の言葉にカルロは喉元をきゅっと締め付けられる感触を覚えた。
「お前は?」
俺のこと、好きか。
シンプルで、邪気がなくて、色っぽくて、豪胆で、正しい。そんなブレットの問いかけが苦しい。抱擁に専念していた腕に、迷いが生まれた。
ステラやドンの一件で、カルロは学んだことがある。今が幸福だと思う者は、用心しなければいけないということだ。ブレットに聞けば、ラテン語のことわざの一節によく似たものがあると教えてくれることだろう。ステラの登場に動揺した時、カルロは慣れない幸福に浮かれていた。ドンに弱みを握られかけた時も同じだ。もうミスは赦されない。カルロはひどく慎重になった。
好きだよ、お前が好きだ、誰よりも、お前以外誰も欲しくない、お前さえいれば、俺はお前だけでいいんだ。
警戒心もなく、そんな言葉が次々とカルロの胸から溢れ、喉からとめどなく零れ落ちそうになるのをぐっとこらえる。外気にさらされることのなかった想いは、ロトの当選くじのようにカルロの内側で舞い踊る。どれかひとつでも伝えてやれば、ブレットは満面の笑みで喜ぶことはわかっていた。
「んな、女々しいこと、聞いてんじゃねえ……」
大当たり確実のロトを前に、キャリーオーバーを選ぶのは愚か者の所業だ。けれど心を直截に告げるにはあまりにも、カルロの内心は不純で、ふしだらで、濫りがわしい。ブレットの心を繋ぎとめたい一方で、その手段は清廉な彼を穢す。まるで雨の舞台の夢の中で、カルロの垢に汚れるブレットを眺めているかのような既視感に嫌悪感が先に立つ。むやみやたらに突っ走るには、あまりにも危険なコースが目の前に広がっていた。
「女々しいのか、言葉を欲しがるのは」
問題なのは、カルロの前に立ちふさがる難関が、ブレットの月色の目には見えないことだ。世間にはばかるものなど何も持たない彼は、案の定、カルロとは違う、見晴らしがよく整備されたコースの上を走っていた。ブレットの反応は、恋のスピードが、加速するばかりの恋のコースが、二人別々なことをカルロに思い知らせる。
ブレットは、カルロに冷たく突き放された悲しみを隠さなかった。カルロは、音が漏れないよう舌打ちをする。ブレットのように上手く、優しくさりげなくフォローするなんて芸当はできなかった。
「これでわかれ」
だからカルロのフォローはいつだって荒っぽい。押し付けるようなキスを寄こして、あとの解釈もブレットに丸投げした。
「うん……、ありがとう、カルロ」
思いやりに溢れるブレットはキスの後にはにかんだ顔を見せてくれたけれど、恋の進め方のズレを補う方法は、まだ何も見つかっていない。一緒にいられるタイムリミットが刻一刻と迫る中、カルロは自分の中の焦りを打ち明けることも出来ず、ひとりもがいていた。
かの人物と出会ったのは、砂時計の砂もあとわずかとなったワシントンD.C.でのことだ。
「そこの君、道を教えてくれないか」
スタジアムの関係者以外立ち入り禁止の区域で、声をかけられたカルロは眉をひそめて振り返る。視線を向けた先には、身なりの良い赤毛の紳士がいた。
「アストロレンジャーズの控室を探してるんだが」
「おっさん、誰」
不信感を隠さないカルロの物言いに、かぶさるようにスタジアムで声援が上がる。カルロと紳士の視線が、ほぼ同時に壁の向こうに引き寄せられた。大方、ファイターがまた派手で馬鹿馬鹿しい登場をしてみせたのだろう。あのやりすぎ感のあるパフォーマンスは、派手好きのアメリカ人にウケがいい。特に今日のような、お祭りメインのレースにはもってこいだ。
ファイナルを盛り上げるために開催されたエキシビジョンマッチは、決勝進出チームこそ出場しないものの規模は盛大で、ワシントンD.C.の市長が出席する記念式典まで用意されている。金にならないイベントに興味などないカルロだが、グランプリ公式イベントである以上無視はできない。ただ行き過ぎとも思える能天気な盛り上がりぶりが、カルロを白けさせた。
冷めた空気を微塵も隠さないまま、それでもカルロがレース前のスタジアムを覗いていたのにはわけがある。
応援のフラッグやパネルで賑やかなスタンドの中で、マスコミのカメラや警備の人間でとりわけ物々しい一角が目当てだった。マスコミの真後ろには、市長も座る来賓席が設えられていて、そのあたりだけ行き交う人物の品格が違う。ファイナリストであるアストロレンジャーズの身内もたむろしていた。
スタッフオンリーの通路から、来賓席を伺うカルロの青い眼差しは、そのひとりひとりの顔を真剣に追いかけていた。
ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコにソルトレイクシティ。レース会場を移動するたびに、その地の出身者であるアストロレンジャーズの家族が顔を出してきた。おかげで、来賓席で挨拶を交わす面々が誰の家族なのかすぐわかる。彼らを除外して、残った顔ぶれがブレットの身内と言うわけだ。そうして目についたのは、40過ぎのブロンドの淑女と、彼女に寄り添う毛色の違う若い女が二人。雰囲気こそ三者三様だが、十人中十人が「美人」と認める華があった。
『父に母、それから歳の離れた姉貴が二人、同居してない祖母に、あと犬が二匹いる』
ブレットから直接聞き及んでいる彼の家族構成。犬の情報は余計だが、おかげで三人の美女が彼の母親と二人の姉だということは察しがついた(余談だが、のちにブレットから彼の母親の年齢を聞かされた時、自分の見立てより10歳は上だったことにカルロは度肝を抜かされる)。だが、あと一人、彼の父親らしき男性の姿は見受けられない。政府要人ともなれば、おいそれと私事の招待にも応じられないのだろうか。
ブレットの父親に、思いを馳せる。ブレットが、ドンに対抗できる存在として挙げた存在。カルロが初めて知る、ドン以外の力ある大人。その姿をひと目拝んでみたかった。息子の晴れ舞台である、ファイナルには来るのだろうか。かの人物の顔を拝む機会が先に延びたことに、カルロは落胆する。
そんなことを考えていたものだから、不意に呼びかけてきた紳士の正体に勘付くのに時間がかかった。まさか、そんな偶然があるわけないと思っていた。
「愚息がチームリーダーをしていてね。今日のレースの激励さ」
MIT卒の天才児を愚息扱いかとか、アストロレンジャーズは式典に参加こそすれレースには出ないから無駄足だとか、呆れることと言うべきことを頭の中で旋回させたままカルロは目の前の人物を食い入るように見つめた。
180センチはゆうに超える(ブレットなら6フィート以上と表現するだろう)長身の紳士は、鮮やかな赤毛、澄んだ青い瞳、しっかりした顎に、かすかな笑みを浮かべてカルロを見下ろしている。柔和でありながら、がっしりとした体格にふさわしい威風堂々とした雰囲気。自分に恥じるところのない人間特有の余裕を前に、カルロが抱いた感想はシンプルだった。
似てない。
世界に愛された確信と肉体の健やかさを別にすれば、眼前の紳士は彼の息子にまるで似ているところがなかった。
『隔世遺伝なんだ』
天文学者である祖父との相似性について、ブレットはそう語った。あれは頭の中身や星バカな性質だけでなく、容姿のことも含まれていたらしい。遠目に見た彼の母や姉たちに彼の面影がなかったから、てっきり彼の外見は極端な父親似なのだと思い込んでいたカルロには驚きだった。声をかけられてすぐ、ブレットとの関連性に思い至れなかったのもそのせいだ。
飛びぬけた頭脳に鬼子とくれば家庭内不和を招きそうなものだが、今日までカルロが聞き及んでいるブレットの言動に暗い影は感じ取れなかった。彼が父親を心から敬慕しているのは、父から貰ったという双眼鏡への愛着が証明している。
眼前の人物も、息子が自分の種だという確信があるのか、美しい妻の不貞を微塵も疑っていないのか、どこに出しても恥ずかしくない息子を愚息と言い切る言葉じりには隠し切れない愛情が滲んでいた。この余裕をまさかDNA鑑定なんてものが支えていたらどうしようかと、栓ないことをカルロは考える。円満そうなアスティア家の裏にある深淵をカルロは無意識に覗きこもうとし、けれど善き夫、善き父であると同時に権謀術数の政治に生きる男は、表情を大きく動かさないまま微笑むという高度な芸当でカルロの詮索をかわしていた。
深刻そうな顔で自分を観察する少年に、ブレットの父親は人差し指と親指L字に広げた右手を自身の頬に添える。そして、何かに気づいたかのように首を傾げた。
「君は、ひょっとして、イタリアチームの」
「すいませんでした」
名前を言い当てられる前に、カルロは謝罪の言葉を口にしていた。この場にカルロを知る者がいれば目をむいたことだろう。あのカルロが、率先して人に謝るだなんて。カルロを知らないブレットの父も、きょとんと青い瞳を丸くしている。
カルロにとって、その行為は何の違和感もなく達成された。しかし、だしぬけの謝罪の先が続かない。再び口を閉ざしてしまったカルロに、ブレットの父は穏やかな無表情で先を促す。
「事情を聞いても?」
深みのある、腹の底にダイレクトに響く声だった。ブレットの、あの演説向きの声音は間違いなくこの人譲りだと感じたカルロは、まるで日頃ブレットからかけられる魔法と同じように口が軽くなる。ブレットの父親の要望に応え、カルロはFIMAがもみ消した事件のことを打ち明けた。
「顔はもう、綺麗なもんだが……あんたには、謝ったとかねえとって」
カルロの釈明は、ブレットに傷を負わせたことに終始した。その背景に影を落とすドンの存在や、二人が育んでいた関係には一言だって触れない。ひどく言葉足らずだろうカルロの説明に、ブレットの父は多くを尋ねることなく耳を傾けてくれている。ブレットをこの世に生み出し、愛情深く育ててきただろう人物は、我が子と同じ年頃の少年にも優しかった。
もしこんな人が、いたら。
カルロのこれまでの人生に、もしこんな大人がいてくれたら、守ってくれたら。頭の片隅を掠めていく空想の後ろ髪を、カルロは掴むことなく見送る。訥々と話し終えたカルロに、優しい父親は確かめるように呟いた。
「君とブレットが、喧嘩……」
ブレットがFIMAや周囲にした弁解に、カルロは大方の部分で口裏を合わせている。自分の罪を軽くしているようで居心地が悪かったが、のちのち辻褄が合わなくなって話がこじれるのは避けたかった。
しかしブレットの父親はそんな些末なことなど気にしていない様子で、ふむ、と唸る。その顔には、でかでかと「カルロの話が信じられない」と書かれていた。
「本当に、あの子が? 怪我するような喧嘩を、君と?」
しつこく念を押され、予想とは違うブレットの父親の疑り方にカルロは戸惑う。
「そんなに、信じられねえ、っすか」
「天変地異の前触れだ」
驚きを掲げるように、ブレットの父親は両の手のひらを天井に向けた。父親曰く、ブレットはごく小さいころを除けば、誰かと取っ組み合うような諍いを起こしたことがない。今も昔も、ブレットの負けん気の強さは、他者への怒りや憎しみではなく自分への奮起に変換される。誰よりも大人びて、クールで、他人の仲裁に入ることの多い彼は、カルロにも想像にたやすかった。ゆえに彼の父は、我が子が年相応のもめ事を起こしたことを、驚きでもって受け止めている。
「仲直りはちゃんとしたのかい?」
「え、あ、まあ……一応……」
仲直りの度が過ぎて、キスまでしましたとは口が裂けても言えない。ドンに勝てるかもしれない大人への畏敬と、その愛息といかがわしいことをしている後ろめたさがカルロを萎縮させる。このまま目に見えないほど小さくなって、消えてなくなってしまいたかった。
「君とブレットの間でケリのついたことなら、私が言うべきことはない」
目の前のこの人に、自分はどう映っているだろうか。学のない、礼儀もろくにわきまえない痩せっぽちの悪たれ小僧が、良くできた息子と親しくすることに不快感を表に出さない良識はあるらしいけれど。カルロすら歓迎する大人を前に、また、嫌な想像が脳裏をよぎった。
もし、カルロがステラなら。
諸手を上げて喜んだだろうか。年相応からは逸脱気味の関係を築いていたとしても、幼い恋を見守ってくれるだろうか。シュミットならどうだ。ブレットと「レベルの合う」彼とカルロとで、目の前の人物の対応が変わると考えると肝が冷える。少し前なら当たり前のことと鼻で笑って終わったはずの空想が、じくじくと胸を刺した。
俯くカルロをどう思ったのか、善き大人は上体をかがめてカルロの顔を覗きこむ。
「強いてひとつ言うなら、今後もあの子と仲良くしてやってほしい。喧嘩相手なんて貴重でね」
ステラより?
シュミットより?
前のめりで問いただしたくなる。
『俺はあまり友達がいない』
星空の下で聞いた、ブレットの告白が耳によみがえる。父親に似た声の響きに、カルロの胸をよぎるのは後悔だ。ブレットと友達のままでいられたなら、彼の父親を前にこんな居心地の悪さを抱えずに済んだだろう。けれどもう、カルロの気持ちは友情という柵から飛び出してしまっていて、ブレットの用意した檻の中にいる。外の世界で何を餌にチラつかせられようと、この檻から離れたくなかった。
ごめんなさい。
あなたの大事な息子を、欲しがってごめんなさい。
ブレットの父親に本当に謝りたかったことを、カルロはついに告げることができなかった。
「最近、お前変だ」
おざなりなキスを終えて、口元を拭うブレットは不満顔だ。高め合う熱が中途半端なのは相変わらず、苦しくもやみつきになる快感にのたうち回る日々は変わらない。だがもっと厄介なのは、ブレットと触れあうたびに、先日会った彼の父親の顔がちらつくようになったことだ。
「何が」
「たぶん、この間のエキシビジョンマッチのくらいから……」
「だから何が変だって言うんだよ」
「わからない。だけど気もそぞろだし、悩みでもあるのかと」
「ねえよ」
ブレットはカルロの逡巡を敏感に察知していて、けれど心当たりがなくて右往左往しているのだろう。そりゃそうだ、とカルロは胸の内でブレットの不安を哂う。自分の恋人と父親が直に会話していたことを、彼が知る由もないのだから。二人の邂逅は、ブレットにも明かさない秘め事だった。
『今日のことは私たちだけの秘密にしよう』
君がブレットに打ち明けたいなら好きにすればいい、私からは決して何も言わないと、ブレットの父親はカルロに約束した。おかげで、彼の愛息は余計な心配に胸を痛めている。いや、どこまでいってもカルロの悩みにはブレットが関わるのだから、余計ではないのか。
「じゃあ、心配事とか」
「だから、何もねえよ」
「オーナーが、また何か言ってきたか。それともまだ、その、先に……進みたいの、か?」
「いい加減しつけえ」
あれやこれやと頬を赤く染めてまで気をもむブレットに、カルロは苛立つ。ドンのこと、二人の関係の進め方のこと、どれも無関係ではないけれどカルロの懊悩の根っこには届かないところがもどかしかった。そうしてカルロに突き放されると、ブレットはひどく傷ついたような顔をする。
「そんな言い方、ないじゃないか……」
昔は違った。昔と言うほど、大げさな過去ではないけれど。想いが通じる前のブレットは、いつも堂々としていて、カルロの棘のある言葉や態度に微塵も揺らがなかった。その力強さに安堵して、カルロは傍若無人にふるまうことで甘えてきたのだ。強いはずのブレットが不安に青ざめている姿を前に、カルロはもたれかかる先を失ってますます心が委縮していくのが分かった。
それっきり閉ざしてしまったブレットの唇に、カルロは埋め合わせをするかのように自分のそれを寄せる。そんなことでしか、彼を慰める術が、自分の非を詫びる術がなかった。
ブレットを言い訳に、カルロはアメリカ随一の頭脳と繋がった部分に触れる。ブレットの父親はFBIにも顔が聞くそうだ。この関係がバレたら、自分は消されるかもしれない。例えばCIAあたりに、どう調べても事故にしか見えない方法で。きっとあの赤毛の紳士には目に入ったゴミを取り除くくらい簡単なことだろう。
できの悪いハリウッド映画のようなお寒い想像を、ブレットは持たない。ステラ相手でなくても、非難されるのはいつもカルロの方だ。例えばカルロが、シュミットのような良家の子息だったら、不自然さは軽減されただろう。せめてどちらかが女だったら、この恋はもっとシンプルだったろうに。
「悪かったよ、ちっと虫の居所が悪かっただけさ」
拗ねるなよ、ボウヤと虚勢と共に囁けば、ブレットの頬にほのかに色味が戻る。カルロの一挙手一投足に、打てば響く鐘のように反応を返してくれる彼が愛しかった。彼が笑い、悲しみ、傷つき、恍惚に浸るたびに、自分は間違いなくここにいるのだと実感できる。
「俺でよければ、力になるから」
本当だぞ、何かあれば言えよと、優しさの大風呂敷を広げるブレットにカルロは御愛想の笑みを返す。彼の言う「何か」が、つないだ手をほどかないでおく物であればいい。また、ブレットの父親の姿が脳裏に浮かび、その幻が口を動かしてカルロに告げる。
『努力したまえ、カルロくん。「意志あるところに道は開けり」だ』
善き大人は善き大人らしく、おしつけがましくない助言を残して去っていった。その言葉の意味を、カルロは判じかねている。ただ表面的に、子どもに将来のことを諭すだけのセリフだとは思えなかった。
『あ、あんたのことも、聞いてる』
あのエキシビジョンマッチのスタジアム、スタッフオンリーの廊下で、カルロはブレットの父親に食い下がった。この機会を逃せば、サシで話すことなど二度とない気がして必死だった。
『私のこと?』
『若いころ、苦労したって、ブレットが』
『そんなことまで、話したのかい、あの子は』
俺も同じだと言うつもりだったのか、言ってどうするのか、あの時は自分の言葉の先々をあまり考えていなかったように思う。ただブレットがカルロに資すると思った「善き大人」と少しでも長く話していたかっただけのカルロは、ブレットの父親の反応に焦った。父親のひどく個人的な過去をやたらめったら吹聴したと、ブレットが誤解されてはたまらない。
『あいつは、その、俺のためにしゃべっただけで。だから、あの、し、叱らねえで、やってくれよ……』
『叱らないさ。あの子が、君に必要だと思ったのならそうなんだろう』
ブレットの父は、過去を懐かしむようにカルロを見やる。この立派に成功した大人にとって、今のカルロはかつての自分を彷彿とさせるのだろうか。若くして天涯孤独の身になりながら、日銭を稼ぎ勉学に励み、決して諦めず投げ出さず、ついにはこの巨大な国の中枢に身を置いた。ブレットが「他人事ではない」とカルロに語って聞かせたまさにその人は、どうか、自分の過去を役立ててほしいとカルロに言った。そしてカルロの頭に大きな大人の手を置き、あのありがたい訓示を残して去っていく。アストロレンジャーズの控室の場所を教えそこなったことにカルロが気づいたのは、どこかの曲がり角に大きな背中が消えた後だった。
もう感触もとっくに消えたブレットの父親が触れた部分に、カルロは手をやった。手のひらの置き方、重みのかけ方、どれもが「しょうのない奴だな」とブレットがカルロを撫でる手つきを彷彿とさせる。カルロを安心させるとともに、失う恐怖心をあおる手のひらだ。
努力しろと、ブレットの父は言った。道は開けるとも。だがその努力が何のためのものであり、どこへ行きたいのかがカルロにはわからない。金が欲しい、住む場所が欲しい、服が欲しい。どれもなるべくたくさん、広くて、綺麗だといい。そして忘れてはいけない願いがもう一つ。
ブレットが、欲しい。この願いを果たすのにもきっと、途方もない努力がいるのだ。けれど、どうやって? ブレットの父親に赦されることを考えただけで気が遠くなる。
真夏の図書室で、父を信じろとブレットは言った。努力次第で世界は変わるのだと約束した。ブレットの父親の言葉は、ブレットのそれよりも曖昧模糊として掴みどころがない。だが彼の存在は、人生に分岐点というものがあるのだとカルロに教え、それは今なのだとカルロに感じさせてやまない。カルロの選ぶ道次第で、あり得るかもしれない未来こそがあの人なのだと、あの短い対面でブレットの父親はカルロの記憶に刻み付けたのだ。
「俺に、どんな道が選べるんだろうな……」
シュミットなら、女なら、そんな意味のない仮定にかかずらう暇があるなら前に進むべきだ。ブレットの父の言葉はカルロにそう教える。だからこそ、五里霧中の今に焦る。前がどちらかわからないのは、日本にいたころから変わらない。
「カルロ?」
ひとりごちるカルロの傍らで、大切なブレットが不思議そうにこちらを見ている。タイムリミットが、もうそこまで迫っていた。
「何でも良いから、連絡よこせよ」
ファイナルを終えアメリカを去るカルロに、ブレットは連絡先を書いた紙切れを押しつけてきた。別れ際も彼は終始明るい表情を崩さなかったが、カルロの態度に対する不安の裏返しだったとカルロが思い至れるようになるのはずっと後のことだ。
「期待はするな」
「待ってるからな」
「あばよ」
「ああ、また」
最後までカルロとブレットは食い違う。欲しいくせに希望を抱くまいとするカルロと、欲しいものにストレートなブレットのやりとりは、傍目には悪友ならではの意地の張り合いに見えた。
そうして二人は、一年近くに及ぶ断絶の時を過ごす。ドイツのクリスマスイブに起こる奇跡を、カルロはまだ知らずにいた。
飢える世界
(すきっ腹に、お前は重すぎる)
+++++++++
結局最初から最後までカルロ可哀そうな話になってしまいました……うう、カルロごめんよ。
ブレットとの社会的格差もオーナーのことも精通のことも、この連載では何一つ解決していないけれど、ここまで書かせていただきました。最後まで読んでくださってありがとうございます。
連載を通して、ロッソのメンバーの影が薄くてもうしわけない。上手く話に入れられなかったのは、私の中で彼らのイメージがあまり固まってないからでしょう。
今後、カルブレに絡ませながらいろいろ考えてみようと思います。
【WGP2inアメリカのスケジュール】
ワシントンD.C.(大会前)
2月 「答えは僕を待っている」
ニューヨーク(3月~4月)
3月頭 開会式
ロサンゼルス(5月~7月上旬)
6月 カルブレ天体観測スタート「ミルキーウェイブルース」
7月 お勉強会スタート「リアリストの狂信」「真冬の蛍、その飼い方」
サンフランシスコ(7月中旬~9月上旬)
7月下旬 ステラ登場
8月上旬 「断罪のマリア」
9月上旬 「最善の悪意」
ソルトレイクシティ(9月中旬~11月)
9月中旬 「天才は無知であると言う前提」
10月頭 「飢える世界」(前篇)
ワシントンD.C.(12月~1月)
12月 「センチメンタルテロリズム」
1月頭 エキシビジョンマッチ「飢える世界」(後編)
1月末? ファイナル&閉会式
WGP3inドイツ
ベルリン
3月?4月? 開会式
???(ミュンヘンかな?)
12月24日 「ペシミストの救済」
という流れになります。(ヒューストンに寄る暇がなかった……orz)
“Where there's a will, there's a way.”(意志あるところに道あり)byリンカーン
カルロがこの言葉の意味を理解するには、ペシミストの救済の時点まで待つことになります。
ペシミストのブレットサイドの話の構想もありましてね、いつか書けたらいいな。
改めまして最後までお付き合いくださってありがとうございました。
連載中はずっと不安を抱えていたので、ここまでたどり着けて良かったです。とりわけ、拍手やコメントで応援してくださった方々には特にお礼申し上げます。
このオチが期待はずれでないことを願いつつ、次作をお楽しみに。
2015/08/13 サイト初出。
2015/08/13(木)
レツゴ:ステラ事件(カルブレ)【完結】
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