過去作品倉庫とは

過去ジャンルの作品置き場です。
基本的に更新を終了しています。
20.10.2011 旧ブログ初掲載




 ステファン・ラウドは物静かな男だ。魅上照も無口に類する人間であるから、二人が揃った場は自然と沈黙の幕が下りる。二十代半ばの男が二人、ほとんど口も利かず、それぞれ自分の作業に没頭している様は、なかなか奇妙であり貴重な情景でもあった。
 コリコリと堅い木材を削る錐の音が聞こえる。耳障りとは程遠い雑音に、けれど照は黙読していた書類の文字から視線を上げた。正面には、ワークデスクに向かうステファンの広い背中がある。木と糊の匂いがたちこめる部屋には、窓からの日差しが充分すぎるほど降り注ぎ、背の高い棚に陳列されたボトルシップの輪郭を煌かせていた。
 今日は休日で、ここはステファンの私室も私室、彼の癒しの作業部屋だった。
 初対面が二日前。海外出張先でのパートナーに、昼食にと自宅に誘われたのが昨日のこと。レストラン街に出るより遥かに職場に近いアパートメントの一室は、犯罪とは無縁の居心地の良さを醸し出している。たった二度目の訪問で、照の尖った神経を解きほぐしてしまうほどだ。
 特別な安らぎを与えられる一方で、照はこの部屋では消しきれない強張りを抱える。原因が無防備にさらされた背中にあることはわかりきっていた。
 パートナーを組む以上当然重なった余暇に、照はステファンのプライベートルームでステファンから提供された資料を読み、ステファンはボトルシップの部品を組み立てている。
 休みは徹底的に休む、仕事の話は抜きでいいのならおいでと、招きに応じたのは彼の作るボトルシップと彼の作品に埋め尽くされたこの空間が、照の琴線に触れたからだ。でなければ、来ない。昨日の名残もあからさまな空間に、足を踏み入れることなど自他共に認める潔癖な照にはできない。
 ボトルシップに求められるのは器用さでも忍耐でもなく、イマジネーション。
 そう語るステファンの言葉どおり、彼の手の中で形作られる部品たちは時に照には奇抜にも見えた。ボトルシップの出来は、皮肉にもボトルの中ではなく外で決まってしまうのだと、無趣味の照が実感したのもステファンの手の動きによる。それほどまでに、ステファンの作業と、そこから生まれる作品たちは美しかった。
「何が気になるんだ?」
背中越しの声に、照の視界が一瞬でズームアウトする。ステファンの背中を、気づけば凝視していて、彼がその照の視線に気づいたのだと知った。
「魅上?」
再度の問いかけをしつつも、ステファンの背中は動かない。照はステファンの呼び声に震えた。
 フッと息を吹いて木屑を払ったらしい木片を、陽光にかざす。眼鏡をかけているとはいえ、照の視力ではとうていそれが船のどのパーツなのかはわからない。それでも照は繊細な木工細工を凝視することで、ステファンの二度の質問を黙殺しようとした。将来を嘱望された逸材と、紹介を受けたステファンに対して、児戯に等しい愚挙だとは知りながら。
 陽光の中にあったステファンの手が下りる。大小さまざまな器具を揃え、デスクの上に散らばったゴミを集めていることぐらいは、背中に遮られていても分かった。そして、根を生やしたように椅子に固定されていた腰が持ち上げられる。アメリカ人らしい大きな体躯が、日差しを遮り、ソファに腰掛ける照を影で覆った。この闇に包まれるのは、今日で二度目だ。一度目を思い出そうとすると、照の胸は痛み、頬が火照る。シナプスが溶けてしまうと感じたあのひと時を、リアルに思い出すことはためらわれた。
 ステファンは、焦る風もない足取りで照に歩み寄り、ソファの隣にゆったりと身を沈めた。
 普段よりも乱れた黒髪から、黒い瞳で照を捕らえて、ステファンは口を開く。
「僕を見てたろ」
「・・・いや」
見ていたのは製作途中のボトルシップだと、嘯こうにも照の口の中は乾いていて、唇が動かない。照の証言など信用に値しないと、ステファンは目を眇めて口角を上げた。
「パートナーに嘘はいけない。そうだろ、魅上」
ゆったりと足を組み、ソファの背もたれに肘を突いて、照に向けられるのは息を呑むような甘いマスクの微笑で、職務中ではないラフさが絶妙なアクセントをつけている。是とも否とも言えず、動けないでいる照の頬に頬杖をついていない方の腕が伸ばされる。髪をくぐる指先から、かすかに木の匂いがした。昨日では、照が知らなかったステファンの匂いだ。
「わかるさ。僕も見てたから」
「どうやってだ」
「背中に目があれば便利なんだけど」
頬を探る手のひらの温度は、昨日と変わらず、照の胸をほっとさせも、ざわつかせもする。安堵と興奮の綱引きに、照の明晰なはずの思考が混乱をきたし始めた。
「あっちはいいのか」
それでも往生際悪く、照はステファンが放り出したデスクを目と指で示す。けれど当の本人は、照の悪あがきになど目もくれず、上背を起こして顔を寄せた。唇に触れる呼吸の湿度に、照は今度こそおとなしく瞼を下ろしてステファンの腕に堕ちる。
「今の、僕の大事はこっちだからな」
キスの合間の囁きに、照はデスクを差していたことも手にした書類も放棄して、全面降伏とばかり大きな背中に両腕を回した。
 暖かな日差し、光るボトルシップ、木の匂い。壁を隔てた街の喧騒を衣擦れの音でかき消しながら、優しい唇に口をふさがれる、静かな休日が過ぎていく。



午後3時、街角の独占欲
(陽射しがこんなに、優しいのがいけない)




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お題は「21」さまより、拝借。

デスノート(BL) 2016/05/08(日)
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