過去作品倉庫とは

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21.10.2011 旧ブログ初掲載




 定刻どおりに目が覚めれば、隣で身を起こす存在に照はここが他人の家であることを思い出す。糊の効いた自宅のものとは違うシーツの肌触りは、一晩を伴にしても不快をもよおすことはなかった。
 視線を移せば、家主であるステファンの背がTシャツの白さに隠れるところで、袖を通し終えた彼は、長めの前髪をかきあげて肩越しに照に振り向いた。
「朝食はパンでいいか?残念ながら白米はない」
同衾した朝にステファンは何の感慨も示さない。意識するほうが気恥ずかしい雰囲気に、照は枕元で眼鏡を手探りながら、「朝はフレークだ」だとステファンの質問に答える。シーツをたどる指先に神経をやりつつもステファンに目を流すと、沈黙する真顔とぶつかる。
「・・・すごいな。同じだ」
素直に感嘆を示すステファンが、照は理解できない。
「別にすごくはないだろう」
探り当てたフレームを広げて耳にかける。幼い頃から何千回何万回と繰り返した動作は、照の身体に馴染み、目元にくすぶる眠気を追い払う。自分の顔を取り戻した照がベッドから下ろした足で床を踏みしめたときには、先に起きだしていたステファンはもうキッチンの奥に姿を消していた。
 カタカタと鳴るのは、おそらくは陶器でできた食器の類。キッチンの中が見える位置に照が立つと、ステファンは白いマグを二つ照に向けて小さく振ってみせる。
「コーヒーは食後派。魅上は?」
この朝が、何の変哲のないことだと、ステファンの所作はナチュラルに示すから、照の中で、意地とも強がりともとれる何かが首をもたげる。だから、照はステファンのセリフをそっくりそのまま返すことにした。
「すごいな。同じだ」
まるっきりの照の棒読みに、黒い髪の向こうでステファンが瞠目する。その少し間抜け表情がおかしくて、照の口角がぎこちなく上がった。それが照の慣れないながらの笑みなのだと、気づいたステファンはカウンター越しに小さな微笑を浮かべることで応じた。
 普段は部屋の隅に押しやられているという小ぶりのダイニングテーブルを、窓際に引き出して、ステファンと照は向かい合う朝食の席につく。ボウル皿に盛られた小麦色のフレークは瞬く間になくなり、空の皿を前にスプーンを先に置いたのは照だった。
 白い紙ナプキンで口元をぬぐいながら、照はカーテンを背に、日差しから隠れるように置かれた写真立てに目をやる。写っているのは、少し年嵩の女性と、大人びた少女と、利発そうな少年。全員がステファンと同じ黒い髪と黒い瞳を持ち、とりわけ少年の鼻筋は照の目の前のそれとよく似ていた。
「一人なのか」
照の問いに、ステファンの双眸がすばやく照の見るものを追う。すぐに伏せられた瞼が、スプーンにすくったフレークを落とさないためなのか、写真から目を逸らすためなのか、照には測りかねた。
「今は。母子家庭だった」
ぽつりとステファンがこぼした単語は、かつての照にも馴染み深いものだった。
「私も」
「母親は健在?」
ステファンの尋ねた内容は、照が同じ質問をした場合の彼の答えを表している。親が生きている人間は、普通、他人の親の生死を気にしないからだ。
「いや」
「また同じだ」
そして照は、少しずつ、自分の言動の不自然さに気づき始める。あまり触れたくない母の死を告白していることに。そもそも、向かい合って食事をする相手の生い立ちに、自分から触れようとしたことに。
「一人っ子だった」
らしくなさを咀嚼しきれないまま、照の口は告白を続ける。ステファンがスプーンを置いた。照と同じように紙ナプキンで口を覆って、用を足したそれをくしゃりと握り締める。アメリカ人らしく大げさに肩をすくめながら、ステファンは笑った。
「残念。違った。僕には姉がいる。そっちは健在だ」
何の生産性もない会話おける、仕事で付き合う上で何の価値もない情報の不一致。自分の中で連なる違和感の正体以上に、そのことをステファンの言葉どおり、残念だと思う自分が照は一番理解できない。
 照一人の煩悶が伝わっているのかいないのか、ステファンはそれ以上話題を進めることなく席を立った。
「ブラック?」
「あぁ」
二人分の食器をシンクに放り込んで、ステファンが今度はコーヒーメーカーに手を伸ばす。食事の前に出された白いマグカップに、黒い液体が氾濫した濁流のように流し込まれた。きっちり八分目まで注いだそれを、ステファンは黙って照に差し出す。
「同じか?」
ステファンの手から受け取った、何も付け足さない澄んだ黒をたたえたカップを目元まで掲げて照は言った。自分のカップに手を伸ばして、逸れていたステファンの視線が再び照に戻る。
 聡いパートナーは、やはり照の意図をすばやく飲み込む。
 ステファンはカウンターを挟んだ向こう側で、照を真似てカップを持ち上げた。
「あぁ、お揃いだ」
二人の小さな微笑が、今度は綺麗に重なった。



僕らの事情
(こうして少しずつ、互いを知っていけばいい)




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お題は「21」さまより。

デスノート(BL) 2016/05/08(日)
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