過去作品倉庫とは

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21.02.2013 旧ブログ初掲載



 地道。勤勉。善良。
 国際捜査官訓練生アクビー・ヒックスは、おおよそ以上の評価からブレることはない。教官から課される山と表現しても嘘偽りない量のレポートを黙々とこなし、計画的に山の高さを減らしていく。そのペースはベルトコンベアより一定で、ダークブルーフレームの眼鏡越しに、資料とラップトップのディスプレイを行き来する目線はロボットアームのようにきびきびとしている。ベッドに寝そべって書類の角を弄び、待ちに待ったひらめきを逃がさないように答案を書き殴る狼との対比は滑稽ですらあった。
 コインの裏表コンビ。
 同期の間で、狼とアクビーがそう揶揄されるようになって久しい。
 現に椅子の背もたれを抱いて座り、不機嫌な眼差しを狼が向けても、規律に忠実な横顔はびくともしない。何度かかけた声も、キーボードの弾む音にかき消された。これがいつまで続くか、狼は丸二年は続いたルームメイト生活で身に染みている。
 ゆえに狼は実力行使に出る。伸ばした腕はさして労を費さず、アクビーの目元から眼鏡を奪いとった。とたん、部屋に満ちていたリズムが途絶える。そこで初めてアクビーの白い顔が狼を振り返った。
「隙だらけ」
洒落たところなどひとつもない、地味な眼鏡を鼻にかけて狼はしてやったりと笑う。ブルーライトの負担を軽減するらしいレンズは、狼の視界を矯正することなくアクビーを映した。まじまじと幼い目で狼を見る、金髪の天使じみた無垢な表情は、けれどすぐに眉を顰めて狼を非難するものへと変わる。
「邪魔しないでくれよ」
「話があんのにてめぇが聞かねえからだよ」
「聞きたくないからこうしてるんだ」
「じゃあ返さねえ」
「君はこどもか」
冗談と悪態のギリギリの境目を縫う会話は、二年で培った気安い関係の賜物で、かといって狼は胸に抱えた疑念を相手が避けているからと見過ごしてやれるほど穏やかな性格はしていなかった。そんなことは、眼前の相手も百も承知しているはずだから、狼はアクビーの了承は脇において本筋に入る。
「今日、何で手ぇ抜いた」
思いのほか、地を這うような声が出た。アクビーは、やはりその話かと細い肩を落とす。伏せた睫にアイスブルーの瞳がけぶり、表情が読めない。
「…抜いてないよ」
「嘘つけ」
「僕は嘘が嫌いだ」
狼の詰問にむくむくと苛立ちを膨張させて、ついにアクビーはキーボードから手を離して腕を組んだ。追求の瞳から自分を守るように、アクビーは顔を背ける。狼に晒されたハニーブロンドが、中途半端な長さで毛先を揺らしていた。
「暴力も、嫌いだ」
いじけた声は小さかったが、広い可聴域を持つ狼の耳には届いた。望んだ答えに、あぁやっぱりなと狼は閉口する。愚直で誠実なアクビーは、狼とは違った意味で成績にムラがあった。トップクラス常連の座学にひきかえ、実技がいまひとつぱっとしない。よくそれで警察官に、しいては重要犯罪を扱う国際捜査官を志望したものだと狼はあきれかえる。
「じゃあさっさと本部にいっちまえよ」
アクビーの専門は統計学だ。玉石入り混じる膨大な情報の中から、適切な要素を抜き出し、数字同士の隠された繋がりをえぐりだすことにアクビーは非常に長けている。先日も某国の株式市場の価格変動からマネーロンダリングの傾向を指摘し、密かに追跡中だった地下銀行の居場所をあぶりだした彼のレポートに、本部情報処理部門が直接スカウトに訪れていた。危険と隣り合わせの捜査官より、しかめっつらをした学者のほうがつくづく彼には似合っているのだと、狼ですら思う。だが、当の本人は現場にこだわった。
「あっちに行ったら、君と組めなくなる」
 アクビーにはもう一つ、特筆すべき才能がある。それは彼が苦手とするはずの実技で発揮された。
 例えば、訓練生同士で行われる模擬戦。直接的な力がものを言う状況で、アクビーはものの役に立たない。敵を倒す、相手を傷つける、という行為に本人が極めて消極的だからだ。軍役経験がある狼は、制圧戦を想定した訓練でアクビーに負ける気はしない。
 だが一方で、人質の奪還などを最終目的としたミッションで、狼は常に彼の後塵を拝してきた。彼に背後を取られたことも一度や二度ではない。戦う気がないからか、フィールドで一切の存在感を消してしまえるアクビーの不思議な能力は、闘争心の欠如を補ってあまりある資質だった。現役の捜査官に爪を隠せる鷹は大勢いても、人畜無害な鳩になりきれる者は限られている。
 それでも、現実に敵一人倒せないことに、狼の不満はアクビーの命への危惧に変わる。狼と背中を預けあう相棒になりたいと言うのならなおのこと、訓練でいの一番にやられていては困るのだ。アクビー自身のことなのに、なぜだか考えれば考えるほど狼の気が滅入ってくる。
「こどものころ、ボルジニアで大好きだったヒーロー番組があったんだ」
珍しく下降線をたどる狼に、ふとアクビーは話題を変える。向けられるアクビーの声は、狼の胸中などお構いなしに、嫌味なほどさっぱりとしていた。腕の構えを解き、澄んだ青が狼を振り返る。
「この話、君にしたか?」
「いいや、聞いてねえ」
とたん、アイスブルーが無垢に輝く。控えめで形の良い唇が、なめらかにかつてのヒーローを語りはじめた。
 ヒーローものだから、当然主人公は悪党と戦う。殴り合いのシーンはやはり好きになれなかった。主人公も敵も、どちらが殴られていても見ているアクビーの小さな胸が痛んだ。主人公には恋人がいたから特に、彼女の気持ちを想って小さなアクビーはよく泣いていた。
「でもな、ヒーローが敵のボスを捕まえるところはいつもドキドキした」
膝をついた悪党を前に、暴力ではなく言葉で、正義の理を説く英雄はアクビーの変わらぬ憧れだ。ボルジニアの白夜になお燦然と光る一等星に、アクビーはその勇姿を重ねた。
 黙っていれば老成して見えるアクビーの人形めいた白い顔が、たおやかに歪む。狼と変わらない、純な理想を抱えた青くさいこどもの瞳が、狼を映して微笑んだ。
「君に、似てるんだ」
雄雄しい容貌も、すこし乱暴な口調も、ざっくばらんな心根も、不器用な仲間を見捨てて置けない懐の広さも、狼を知れば知るほど、アクビーのなかで幼心の道しるべが狼の姿と重なっていく。
 風のない空、ネオンの夜、無慈悲なコンクリートの高さ、そして平坦な季節が二度めぐる時の中で、煌々とした前途をつかめるだろうルームメイトの可能性をアクビーは見抜いていた。
「君が犯罪者を確保する姿が見たい。君は、ヒーローだからな」
 持ちきれない羨望をたたえたアクビーのアイスブルーの真ん中に、狼士龍という男が鎮座している。
 磊落な狼にも、押し付けられるイメージや勝手に湧いて出る期待がわずらわしく感じる時期があった。性格も生まれも見た目の好みも、狼が狼の中で置き場所を定めておけば良いはずのことを、他人にとかやく口を出される不快感や反発が、やりどころなく胸の中で渦巻いていた頃はそう遠くない。今でも贈られる称賛は、耳の裏がこそばゆくなる。
「勘弁してくれ、てめぇのお守りでもしろってか」
「まさか」
 それでもこの廉直な男の眩しい視線は、悪くない。応えてやらなければという気に、なぜかさせられる。
 聡明なブルーが、馬鹿みたいにてらいなく狼を貫くからか。
「僕の分析が、君の役に立てば良い。そのためにも、僕は君に追いつかなきゃいけない」
白人特有の青白い手のひらが、狼に差し出される
「実戦で届かない分は座学で取り返すよ。だから眼鏡を返してくれ」
やはりあアクビーは真面目で勤勉だ。この血の気の薄い手から、本当に血が通わなくなる様を狼は見たくない。しかし忠告を聞くどころか、アクビーは狼に負けず劣らず我が道を行こうとする。
「…俺が、強くなるっきゃねえか」
それは、ヒーローであれというアクビーの注文にも適う。あぁ万事解決だと、狼は眼鏡を外した。日に焼けた狼の手と、アクビーの白い手が眼鏡を掴んで繋がりあう。互いのあり方を受け入れあったことは、言葉がなくとも通じている。
 強くなろう。この妙にのん気な相棒を守れるほど、強くなろう。 ざっくりとした決心は狼に力を与える。それはまさしく、狼がヒーローたりえるゆえんだ。


 


+++++++++++++
キャラクターを変えても、話のオチはだいたい今までと変わらないあたり、自分が好きな話の傾向がわかりやすすぎて恥ずかしい…。
国際警察はボケばっかりだといい。師父のトモダチなら、師父に負けないくらいゴーイングマイウェイな人だといい。

逆転検事(BL) 2016/05/08(日)
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