※カルロ19歳/ブレット20歳。アメリカでの夏かな。
※豪サイド「真冬の蛍、その飼い方」とセット?かも??
※カルロはイタリアで空軍パイロットしながら大学に通ってます、ブレットは現役の宇宙飛行士、烈はMITの学生です。
※タイトルは「21」さまより




 世界は見えているよりもずっと狭い



 天井のスピーカーから若い男の声が降る。昔よりも低く深みの増した声で進む講義を、烈はステージから離れた一番後ろの壁際で聞いていた。
 宇宙開発をメインテーマとした講義はマニア向けだが、200人は収容できるホールはすでに正式な受講生で満席、烈のような単位に関係のない聴講生たちは立ち見を強いられている。人気の秘密は、今まさに講義を行っている人物にあった。
 ブレット・アスティア。N△S△現役の宇宙飛行士、しかも宇宙飛行最年少記録保持者による特別講義に、近隣の大学からわざわざ足を運んでくる学生もかなりの数にのぼっている。おかげでステージに立つブレットの姿は見えず、烈はスピーカーから降り注ぐ彼のなめらかな声を耳で受け止めるしかなかった。
 ウィットに溢れた話しぶりは堂に入ったもので、ときおり学生の笑いを誘う。公での講義は今回で二度目という新米講師ながら、同年代の学生たちは一様に彼の話に聞き入っていた。
 烈は思う。
 例えば、自分の隣にいる唇ピアスのエモ・ファッション学生に「僕は彼と幼馴染で、ミニ四駆じゃ勝ったこともあるんだよ」と告げたとして、果たしてまともに取り合ってもらえるだろうか。日本でも童顔と言われ、背が伸びた今も華奢な印象がぬぐえない烈は、発育の良いこの国の学生たちにしてみればハイスクールの学生に見えるかもしれない。
 日本での出会いから8年、ブレットが今年で二十歳になる宇宙飛行士ならば、ひとつ年下の烈は彼の母校(そして彼が現在講義を受け持っている)MITに籍を置く正真正銘の大学生だ。烈と知り合った当時、ブレットはこの大学をトップの成績で卒業し、N△S△で夢に向かって邁進しているさなかだったのだと思えば感慨深いものがある。そのスピードは未だ衰えず、彼の活躍ぶりを証明するかのような受講生の人だかりを、烈は物見遊山気分で見回した。
 履修者にのみ赦された席につき、血走った目つきと並々ならぬ集中力で講義に喰いついているギーク(技術系オタク)な青年たちを囲むように、どうみても興味があるのは講義ではなくブレット本人だろう華やかな一団(アメリカのスクールカーストの頂点に立つジョッグとクイーンズたちだ)が立ち並んでいる。ブレットが笑ったり、学生の意見を聞こうとステージを降りたりするたびに、女子学生のミーハーな声がどこからともなく上がった。
 ギークからジョッグ、果てはエモ系まで、アメリカのスクールカーストが混然一体となったこのホールで、異邦人の烈は特異な存在だ。日本人なのは理由にならない。MITにはアジア系の学生はたくさんいる。それでも孤独を感じてしまうのは、ブレットをとりまく気持ちの温度差のせいだ。

 だって、彼は友達だから。

 どんなに立派になっても、夢への階段のさらに高みを目指して昇り続けていたとしても、烈にとってのブレットはWGPのあのころのまま、勝ち負けにシビアでナンバーワンになりたくて、マシンと共にインラインローラーでコースを駆けていた少年だ。そんなほとんど歳の変わらない友人をスター扱いする、この場の空気にどうも馴染めない。
 次第につのる居心地の悪さに、ブレットには悪いが中座させてもらおうかと思った矢先、出口を探す烈の視界にある色が飛び込んでくる。短くカットされた銀髪が、天をつく様は懐かしさを誘った。学生の一団に阻まれ、銀髪の顔は見えない。それでもちらりと覗いた左耳のピアスが、また強烈に烈の胸を引っかいた。
 その銀髪が、学生との隙間で踵を返す。垣間見た怜悧な横顔に、烈ははっとして「彼」を追いかけた。幸いにも銀髪の彼はドアの前で一度立ち止まり、ホールの中央(つまりステージに立つブレットの方角)をふり返ってみせる。表情のない眼差しはひどくつまらなそうで、けれどその濃い青の瞳は人ごみの向こうにいるはずの姿を探すような熱心さがあった。
「カルロくん!」
 ホールを後にする銀髪の背中に、やや遅れて廊下に出た烈は思い切って呼びかける。ヘアブリーチではない銀髪は、烈の声に足を止めた。




 学内にいくつかあるカフェテリアのうち、烈はブレットの講義ホールから一番近いカフェにカルロを案内した。セルフサービスのメニューから、烈はレモンスカッシュを、カルロはアイスコーヒーを選んでテーブルに向かい合う。そして先ほどから二人の間に会話が一切ないことに、烈は焦っていた。
 呼びかけた烈をふり返ったのは、面長のシャープな輪郭、濃いブルーの瞳。磨きこまれたナイフの切っ先のように鋭い顔は、幼さを捨てたカルロそのもの。
『久しぶりだね。お茶でもどうかな?』
 半ばしどろもどろになりながら、そう提案した烈にカルロが頷いたがゆえのこの状況だ。日本でのWGPでは「いい子ぶりやがって、鼻につく」とカルロに蛇蝎のごとく嫌われていた烈である。あれからもう何年も経ったとはいえ、自分の誘いにカルロがすんなりと応じたことが信じられない。
 烈は間をもたすように、目の前のレモンスカッシュをすすった。傾けたグラス越しに、ちらりとカルロの姿を盗み見る。カルロは長い足を持て余すように組み、椅子の背もたれに肘をひっかけて、ガラス張りの壁越しに外の人の流れを眺めていた。

 絵になるなぁ、カルロくんは。

 WGP時代もカルロ、というかロッソストラーダは他に抜きん出て華美で派手だった。フェイスペイントにアクセサリーにネイル、ファッションの国に恥じないセンスこそが彼らの本当の戦闘服だ。その筆頭であったカルロは今年で烈と同じ19歳のはずで、19歳といえば自身を着飾ることにまだまだ過敏な年齢と言って良い。にもかかわらず、カルロの身なりは全体的にシックなところに落ち着いていた。
 濃いグレーのサマージャケットから、柄物の、けれど色味を抑えたタンクトップを覗かせる首元にはシルバーのドックタグが光る。ボトムはこれまた濃いグレーのスリムパンツで、ロールアップとショートブーツの隙間に見える白いくるぶしが眩しかった。古着なのか、ジャケットもパンツも生地がこなれていて、カルロの体の線によくフィットしている。
 WGP時代のカルロの私服を思い返せば地味な色合いだが、けれど彼にはそれで十分だ。短くカットした銀髪と、ペールブルーのピアス、そしてピアスの薄さに反した濃い青の瞳があれば、カルロは有象無象の人ごみから浮き上がる。ブレットの講義の声が響いていたホームでの、希薄な存在感こそ不思議だと思えるほどに。
 カルロから視線を引きもどして、烈はわが身をふり返る。臙脂色のポロシャツにベージュの綿パンツとスニーカー、迷彩柄のスウォッチ時計以外にアクセサリーらしいアクセサリーのない出で立ちは、決して人前に出て恥ずかしい装いではない。これまで自分のファッションセンスに特別な自信も劣等感も感じたことのない烈であったが、目の前にティーン向けの雑誌から抜け出したような人物がいるとなれば気圧されずにはいられなかった。頭からつま先まで、身に着けているものの総額なら烈とカルロは大差ないはず、いや、全て新調した日本製であることを鑑みれば烈の方が上かもしれない。
 自身が垢抜けない理由を、烈はセンス以外の部分からも見出せた。なにせ、烈とカルロでは手や脚の骨格がまるで違う。
 もともとWGPのころから、カルロは烈より背が高かった。すこし痩せぎすなきらいもあったけれど、洒落っ気のあるロッソストラーダのユニフォームが手足の長さを強調していたし、本人もそのことを十分自覚していたように思う。人当たりの良いさわやか少年の皮をかぶっていたころなど、同性の烈ですらかっこいいなと感心したものだ。
 物言いも振る舞いも、カルロはブレットとは違った意味で気取っていて大人びていて、同い年だと知った時は身長差以上にコンプレックスを刺激された。
 そんな彼我の体格の優劣は、今もあまり変わっていない。烈は日本人では決して背が低いほうではないけれど、骨格や筋肉もたくましくなったカルロは実際の身長以上に彼を大きく見せていた。成長の差はブレットにも言えることで、彼も烈より背が高い。特にブレットは顔が小さいので、感覚的な身長差をより大きく感じさせられるのはカルロと似ていた。これが西洋人と東洋人の違いなのか。アメリカもイタリアも、成人年齢が日本より若いのも頷けるなぁと、烈は意気消沈しないためにわざとズレたことを考えてみる。
「お前は」
 だから烈は、カルロの方から話しかけられたことにレモンスカッシュを倒しそうになった。カルロは組んだ足も背もたれにひっかけた腕もそのまま、しかし烈に顔を向けている。
「MIT(ここ)の学生か?」
「え、ああ、うん。そうだよ。去年から。受験もこっちでしたんだ」
 降ってわいた会話の糸口を、烈は逃すまいと堰切ったように自分のことを話しだした。WGP以後、土屋博士の勧めもあり中学でアメリカに留学したこと、高校では一度日本に戻っていたこと、やはり大学ではこちらに戻ることにした経緯まで、中学・大学受験ではブレットはもちろん、アストロレンジャーズの面々には随分と世話になったことを洗いざらいカルロに敷衍する。烈の長々とした話を、カルロは特に相槌を打つわけでもなく、かといってすっかり飽きてしまった様子を表に出すわけでもなく、手を伸ばしたアイスコーヒーのグラスを揺らしながら耳を傾けていた。
「さっきの講義もさ、僕は履修してるわけじゃなくて偶然なんだ。担当の教授が先月から入院していてね、ブレットくんは代打だそうだよ。学生時代にお世話になった先生らしくて、断り切れなかったって。それで、今日は僕もコマが空いて、せっかくだからって見に行ったらすごい人じゃないか。びっくりだよ」
 ブレットによる代理講義は先週と今週の二回のみだが、本来の教授の講義とは比べ物にならない盛況ぶりに、大学側は来期からの正式な講義枠を交渉してきているらしい。「これ以上忙しくなったらさすがにやばい」と、講義前に顔を合わせた烈にブレットは肩をすくめている。
 学生側の烈としては現役宇宙飛行士の講義は魅力的で、しかも講師がブレットとあれば何を置いても履修したいところだ。そう打ち明ければ、ブレットは眦の切れ上がった目を愉快そうに眇めて白い歯を見せた。
『俺は身内の採点にはシビアだぜ?』
 いいのか? と脅しまでかけてくるものだから烈も笑わずにはいられない。彼に自分が「身内」とみなされているのは、素直にうれしいことだ。実は今日のようなことがなくとも、ブレットは思い出したように烈の学業の進度を気にかけ、声をかけてくれている。今日の講義の前にも、烈の肩を叩いた彼の手には烈の書いた論文があった。
『教授がほめていた。俺も良い出来だと思うぜ。ゼミも好調だそうじゃないか』
 ブレットがお世辞で称賛を乱発する人間でないことを、烈は知っている。だから、(異国での生活や学生とアルバイトの二足草鞋に弱音を吐きそうなタイミングにもらたされる)彼の言葉に、烈はまたがんばろうと顔を上げられるのだ。
「ブレットくんには悪いけれど、彼の講義が実現することを願うよ」
 ブレットが授業を請け負った経緯も、大学側からの来期の打診も、どちらもいわゆる内輪話だ。カルロの興味を誘おうとわざと口を滑らせた話に、だが当の本人は淡々とした表情を変えない。まるで、そんなことは全部知っていると言わんばかりだ。
 内心首を傾げなら、烈はカルロに水を向けた。
「カルロくんはどうなんだい? どうしてアメリカ(ここ)に?」
 カルロはブレットの置かれた状況を、少なくとも烈と同レベルには聞き及んでいるということだろうか。情報源はブレット本人なのか。彼がMITに姿を見せたのは、ブレットが目的なのか。そもそも、イタリアの彼がどういういきさつでアメリカまで足を伸ばしているのか。
 バカンス? 仕事? それとも学業?
 「現在」のカルロについて何の情報も得ていない烈としては、カルロへの質問は当然のものであるし、これだけ(一方的とはいえ)しゃべったのだから次に話すのはカルロの番だという思いもある。けれど、烈の問いかけにまたしてもカルロは反応を見せなかった。それどころか、一度は烈に向けられたブルーの瞳をそらされてしまって、烈にしてみれば「まさか僕の声が聴こえなかったの?」と聞き返したいほどスルーっぷりに心が折れそうになる。
 やはりまだ嫌われたままなのか、豪がいれば何かが違っただろうか、そう肩を落としかけた矢先、烈の頭にカルロのそっけない声が降って落ちた。
「今は、軍だ」
 聞き間違いではない声に、烈はぱっと顔を上げた。口元にやったアイスコーヒーを、カルロは伏し目がちに覗き込んでいる。
「軍って、軍隊? イタリアの?」
 カルロが軍隊。あの、人の指図を何よりも嫌うカルロが、軍隊。烈が詰問口調になるのも無理はない。
 アイスコーヒーを一口含みながら、カルロは頷く。グラスをテーブルに置いて、彼はようやく彼自身について語りだした。WGPが終わって以後は士官学校に在籍していたこと。軍の奨学金で大学の工学部に通っていること(あの不良少年の鑑のようだったカルロが大学進学!)、アメリカにいるのは上官の出張のお伴で、今日はオフだということ。
 カルロはWGP時代の饒舌ぶりはどこへやら、ぽつぽつと不器用な語りぶりを烈の前に披露する。その間もときおり見る方向を変えたり、足を組み直したり、コーヒーで唇を湿らせたりとカルロの動きはせわしなかった。

 もしかして、照れてる?

 烈は何年かぶりにあったカルロの、人物評を改める。改めたがゆえに、烈の口はカルロへの賞賛の言葉をさらりとこぼしていた。
「すごいね、カルロくん」
 目の前で戸惑ったように瞠目し、すぐに視線を泳がせるカルロは、烈にとってもう畏怖の対象ではない。
「軍隊って大変だろう。おまけに大学まで通ってるなんて。バイトで泣きごと言ってる僕には真似できないよ」
 けれんみのない笑顔を贈る烈に、カルロは乱暴に自身の銀髪をかいた。アイスコーヒーをあおる姿も照れ隠しだろう。
「あいつほどじゃねえだろ……」
「ブレットくん? 彼もすごいよね、違った意味で」
 14歳で博士号を取得。15歳と数か月で宇宙デビュー。過去の記録を大幅に塗り替えた彼の最年少記録は今もそのままだ。けれど烈は華々しいブレットの経歴に、カルロの現在が見劣りするとは思っていない。WGP出身者にすごい奴が多すぎるのだ。
「軍って陸、海、空?」
「空軍」
 カルロの所属に、ようやく合点のいった烈は「だからブレットくんなのか」と声を上げる。だが対するカルロは怪訝そうに、その整った眉をひそめた。
「ほら、宇宙飛行士は軍用機で訓練することもあるって聞いたからさ。ブレットくんとも、だから連絡を取り合ってるんじゃないのかい?」
「あ、ああ、まあな……」
 カルロの返事は歯切れが悪かったが、烈は構わず続けた。
「ヨーロッパも宇宙開発が盛んだね。アリアン5とか……、開発中のヴェガロケットのプログラムはイタリア主導だし」
 ブレットとは目指すものは違えど、烈自身宇宙開発分野で働きたいと日々勉強を重ねる学生だ。ついついまくしたててしまった宇宙開発情勢に、カルロは戸惑った様子を隠さない。それでも水を向ければ彼なりの知識を返してくれているので、全くの無関心というわけではないのだろう。
「お前も、宇宙に出てぇのか」
「俺は惑星探査機を作りたいんだ」
 意識的に、烈は日頃使い分けている一人称を変えてみた。カルロが意識した様子はなく、狙い通りの一歩に烈は口元をほころばせる。
「N△S△で?」
「うーん。N△S△は宇宙開発の元締めって組織だから、より専門的な研究なら民間の方が自由だよ。もちろん宇宙飛行士になるならN△S△だろうけどね。カルロくんもいずれは宇宙飛行士に?」
「は?」
 カルロはその青い瞳を丸くする。意外な質問と思われたことが烈には意外だ。なにせ宇宙飛行士に占める軍人出身者の割合は非常に高い。ミッションを取り仕切る船長(コマンダー)など、一昔前は軍人ばかりだったそうだ。
「クルーの命を預かって、ギリギリの選択を迫られることもあるわけだから、冷徹さが何よりも求められるんだろうね」
 そして烈は、宇宙飛行士の瞳にまつわる話を聞かせる。アポロ計画に参加した宇宙飛行士の中でもトップクラスの16人は、ひとりを除いて全員が青い目をしていたという都市伝説だ。
「青い瞳は、優秀なパイロットの証だよ」
 もちろん人種的な根拠はない。だが目の前のカルロが空軍パイロットをしていると聞いた今なら、あながち的外れな話でもないと烈は思うのだ。それほどカルロの目は深く、青い。
「カルロくんはきっと、空でも良い『走り』をしてるんだろうね」
 セピアの思い出を重ねて、烈はカルロの今を想像する。「紅の閃光」と称えられたディオスパーダを駆るカルロは、歳を重ねてもっと広大なコースを「走って」いるのだ。
 それから、烈とカルロの間でいくつかの会話の種が生まれる。カルロが言い淀んだり、言葉を止めても烈はもう焦らなかった。
 共通の話題は弟の豪や、アストロレンジャーズの動向が多く占める。どうやらカルロはブレット以外のWGP関係者とはほとんど疎遠なようで、ほとんど烈の話に(一、二度携帯の操作に意識をそらしていたが)耳を傾けていた。律儀に相槌を打つ姿に、刺々しかった彼も丸くなったものだなと、烈は過ぎた時間をしみじみと感じてしまう。
 講義を終えたブレットがカフェテリアに顔を出したのは、そんな頃合だ。
「レツ?」
 烈の存在に特別驚いて見せるあたり、ブレットはカルロがここにいることをあらかじめ知っていたようだ。カルロが携帯をいじっていたのは、ブレットに居場所を連絡するためだったのか。
「俺が誘ったんだよ。ホールでカルロくんを偶然見つけて、懐かしくて」
「へえ」
 ブレットが片眉を上げた笑みで、カルロを見やる。ゴーグルを外したブレットはとても感情豊かだ。薄い青灰色の視線を受けて、肩をすくめるカルロからも近しさがにじみ出る。そういえば、宇宙飛行士であるブレットの瞳は厳密に言えば真っ青ではない。彼以上に宇宙飛行士らしい人物を知らない烈は、カルロとの対比と都市伝説との差異が不思議でならなかった。
「出るぞ」
 そう言い切るなり、カルロは立ち上がった。そつのない動きで烈の分のグラスを回収されてしまって、返却口に向かう背中を烈はうっかり見送ってしまう。足のコンパスの違いに追いつけないと悟って、烈は仕方なしに傍らのブレットを見上げた。
「カルロくん、軍と大学にいるらしいね。工学部だって」
「大したものだろ?」
 顎を引いて口角を上げるブレットの笑みは誇らしげだ。我がことのように自慢する彼に、烈は彼の灰色とも水色とも言い難い双眸が長くカルロの変化を見守ってきたのだと知る。宇宙規模の視野を持つ青年の瞳は、その独特な色彩でもって多くのものを受け止めてきたのだろう。烈のアメリカでの生活も、かつての無法者の変貌も。
「じゃあ、俺はこれで」
 その目が今一番映したいものを邪魔しないよう、暇を告げる烈にブレットではない声がかぶさる。
「飯行こうぜ。腹減った」
 まさか頭数に入れられているのかと声をふり返れば、目が合ったカルロに顎をしゃくられる。ブレットはニヤニヤと口元を緩め、目を白黒とさせる烈の背をダメ押しとばかりに軽く叩いた。
「チャイニーズでいいか、レツ」
 そう尋ねながら、ブレットが先頭を歩き出す。カルロがすぐに隣に追いついて、ほとんど背の変わらない二人の背中が烈に晒された。WGP時代はブレットの方が高かった肩の位置が、今ではカルロのほうが少しだけ上にある。軍隊生活のおかげなのか、首回りも肩幅も痩せぎすだったあの頃が嘘のように逞しくなっているのが、健康的なブレットと比べるとよくわかった。
 カルロのサマージャケットと、ブレットのジーンズベストからはみ出たシャツの袖が、ほとんど触れあいそうな距離で並ぶ。

 あ、近い……。

 寄り添う肩、並び立つ左右の足の距離に、烈ははっとする。正面を向くブレットを、伺い見るカルロの横顔に既視感を抱いた。あれは、人にあふれたホールで、専門外の単語がシャワーのように降り注ぐ中、それでもじっとブレットの声に耳を澄ましていたカルロのそれだ。
 二回目のWGP、アメリカで行われた大会で、二人の仲が一部のレーサーの間で取り沙汰された時期があった。人の機微にうとい豪ですら「あいつらが並ぶと妙な迫力がある」とぼやいていて、「迫力」という弟のボキャブラリーの貧しさに眉をひそめたのを烈は覚えている。

 ああいうのは「親密」とか「気が置けない」とか言うんだ。

 その近しさがいつしか失われ、烈の記憶からひっそりと忘れ去られていくのも同じアメリカ大会でのこと。当時、二人の間に何があったのか。WGPを終えた後、イタリアとアメリカ、海をまたぐ距離を十代の二人はどう乗り越えたのか。彼ら自身に問いかける不作法さを烈は持たない。
「レツ?」
 肩ごしに振り返ったブレットの薄い瞳に見下ろされて、烈はようやく返事が疎かになっていたことに思い至った。
「え、あ、俺はイタリアンでも構わないけど」
 中華が烈への気遣いなら、イタリア料理はカルロへの気遣いだ。だが当のカルロが鼻を鳴らす。
「てめえらに手づかみでピザ食われてみろ、食欲が萎えるんだよ」
「まったく神経質な奴だな」
 なぁ、レツ? と同意を求める仕草は、ゴーグルが無くなっても、大人っぽく誰よりも格好をつけたがるブレットのそれだ。対するカルロは、そっぽを向くだけでWGP当時の口の悪さは鳴りを潜めてしまっている。
 カルロは変わった。それもとても健全な方向に。導いたのはブレットだろう。ブレットはWGP選手の誰よりも、揺るぎない立ち位置を持つ少年であったから。
 一方で烈は今こうして、自分の目で見、感じたことが全てではないとも思う。
「日本の未成年にアメリカでアルコール飲ませたら違法か?」
「昼間っから酒かよ」
「チンタオビールがイケるんだぜ、あとで飲ませてやるよ」
 きっとブレットも変わったのだ、そしてカルロの変貌も、烈が触れたものよりもずっと大きく深いものに根差している。ゴーグルを外しただとか、稲妻マークを描かなくなっただとか、そんな表面的なことではなくて。
 そんな彼らに「身内」扱いされていることが、烈の気持ちを浮つかせる。チャイニーズで話がまとまった二人に、烈は少しでも並び立とうと胸を張った。
「二人とも、お箸の使い方は忘れてないかい?」
 クレバーなヤンキー宇宙飛行士と、不愛想なイタリア人パイロットに、童顔な日本人留学生。芸術的ともいえるこの奇妙な取り合わせが、烈にはとても誇らしかった。




 世界は見えているよりもずっと狭い
 (俺たちが幼馴染って、信じられるかい?)





++++++++++
このあと烈くんは大衆食堂なダメなカルロのためにブレットが見つけたお高い感じのレストランに連れ込まれ恐縮し、カルブレはテーブルの下でひそかに手握ったり足つついたりいちゃつき倒し、お支払いはブレットがカードでスマートにすまして再び烈くんが恐縮し、チンタオビール土産にブレットはカルロのホテルにしけこみますよ!(なぜそれをSSで書かないのか)

ブレットとカルロの体格差ですが、カルロ>ブレットが望ましいとはいえあまり大きな差がないといいな。同じ高さで並んでる二人がカッコイイ!と思うので。
【ブレット】
 とびぬけて背が高くなる印象がない。パーフェクト厨なので肉体美も自分に課してますからそれなりに鍛えてます。あとはカルロとのバランスや米国白人男性の平均身長などを考慮した結果、178~180㎝くらい。(二人の身長差は大きくても4センチ以内が望ましい。最大4センチに特に理由はない)
【カルロ】
 そこそこ縦に伸びそうですが、あまり大柄だと今後のロードレースへの進路に響くので、ロードレース経歴のモデルである某最速レーサーの身長に合わせて182~183cmくらい。体つきはもともと華奢で筋肉つきにくそうなイメージがあるのですが、軍隊生活のおかげでなんとかなりました。筋肉達磨ではないけれど、いい感じにマッスルです。ブレットはカルロの見事な紡錘体になってるふくらはぎが大好きです(SSで書け)

さて豪くん書いたら烈くんも書かないとね!
RRでは烈くんは宇宙開発関係のお仕事についているそうで、しかも中学でアメリカ留学。となればブレットとの交流が続いている可能性は濃厚でしょう。
というわけで、「カルブレ+烈」SSでした。カルブレの濃さに隠れがちですが、烈くんも「すごい奴」のひとりだと思ってます。でも烈くんは謙虚だからね。自分からアピールはしない気がします。

原作やアニメ、キャラの性格を見るに、豪&カルロ、烈&ブレットでセットになると思ってるんですが(ブレットは豪との絡みも多いけど)、本作と「真冬の蛍~」ではあえて、烈&カルロ、豪&ブレットのセットを意識してみました。烈くんは豪くんより論理的だから書きやすいけれど、優等生な部分と年相応にプライドのある部分のさじ加減が難しいですね。

2015/06/11 サイト初出。

2015/06/11(木) レツゴ:チョコレートナイフ(カルブレ)
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