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19.08.2011 旧ブログ初掲載




 ビジネスホテルの一室に、四人の男が集う。狼はライティングデスクのイスをまたいで背もたれを抱え、この奇妙な光景を見渡した。窓際に置かれた小さな丸テーブルを挟んで、イスに腰を下ろしているのが、二人。そのうち一人とは、狼は今夜が初対面だ。そして狼と彼らの間を、最後の一人が横切っていく。確実な足取りにふさわしい、凛とした声をひきつれて。
 言葉が終わるのと同時に、男は他の三人に背を向けたまま、足をそろえる。ワインレッドのスーツをまとった背中には、皺ひとつなかった。一呼吸置いて男は振り返る。眉間に寄せたヒビの下で、怜悧な眼光が狼を含む三人を貫いた。
「私の話は以上だ。何か質問は」
狼は黙る。もう一人も何も言わない。最後の一人だけが、声を上げた。狼が初めて会った方の男だ。
「お、オレに、できるんでしょうか。そんな、大役・・・」
青年と少年の間のような声は震えていて、膝の上で握られた拳は硬い。だが、天を突く二本のトガった角のような髪と、燃えるような赤いベストに似た大きな双眸は、まっすぐに前を向いていた。
 緊張ただならぬ青年に、声をかけたのはイスに腰掛けたもう一人の男だ。
「大丈夫さ。君なら」
青いニット帽の下で、眠そうな瞼の奥に控える黒い瞳は、思いのほか強く澄んでいる。ニット帽に声援に応えるよう、ワインレッドの男が頷いてみせた。
「うム。この男の推薦であれば間違いないと、私も信じている」
少し、狼は羨ましいと思った。青年と、青年に期待する男と、その男を信じる彼の関係に。この場において、狼一人が蚊帳の外だ。
「俺も、アンタに任せるさ」
とはいえ、目の前の輪に誰かが呼んでくれなければ入れないほど、ヤワな神経をしているわけでもない狼は、仲介を待たずに口を挟む。そもそも、青年と自分を引きあわせたあのワインレッドの男に、それほど細やかな気遣いを期待するほうが間違っていた。自分から話しかけなければ、明日の大勝負で読むべき呼吸もわからないまま。それでは困る。
「は、はいッ、大丈夫ですッ!」
 自分より年嵩の、しかも三者三様に経験豊富な男たちの励ましに、青年が苦笑う。嘘でも笑えるならば安心だ。明日彼は、ハッタリとわずかな証拠を武器に、狼の出番まで漕ぎ付けなければならないのだから。
 青年の空元気を機に、ワインレッドの顔に厳しさが戻る。自分に注がれる三対の目を受け止めて、男は最後の演説を始めた。
「明日、序審法廷二日目が、我々に残された最後のチャンスだ。この日のために、糸鋸刑事と宝月刑事は己の職をかけた。彼らだけではない。負ければ、被告人は一生を棒に振り、被害者が報われることはないだろう。そして、この国の司法は腐り続ける」
 ある、ひとつの殺人事件があった。被害者の国籍上、国際警察が口を挟んだものの、当初事件は私怨によるありきたりなものだと思われた。だがそれは、裏で検事局が捏造に暗躍した結果にすぎなかった。
 そのことに真っ先に勘付いたのが、御剣だ。だが検事局のかなりの上層部が動いていると思われる状況で、組織側の御剣が何をしようと、もみ消され、事件を外されるのが関の山。身動きがとれなくなっているところに、成歩堂が王泥喜法介を連れて現れ、こう言った。ボクらが、被告人の弁護を受け持つと。
 そうして、事件は大きく動き出した。
 御剣は持てる権限をフルに使った。狼のコネクションを利用し、事件の幕引きを図ろうとする検事局上層部に食らいついた。そうして、信頼の置ける部下たちが内部情報を探り、弁護側が序審法廷を戦えるだけの準備をする時間を稼いだ。法廷という開かれた場で、検事局が犯した全ての罪を告発させるために。
 これはクーデターだ。
 成功したところで、裁判官の立会いのない場で弁護士と裁判の打ち合わせをするなど、御剣自身罪に問われかねない、危険な戦いだ。
「アンタが職を追われたら、検事局はまた腐っちまうんじゃねぇのか」
そう問うた狼に、御剣は表情ひとつ変えずさらりと言った。
「心配無用だ。後のことは全て、牙琉検事と一柳検事に任せている」
あの泣きべそ検事は、どうやら御剣に後事を託される程度には化けたらしい。もう一人、御剣が挙げた聞きなれない名前に、狼は少し首をかしげた。
「ガリュウ?・・・・・・ああ、あのチャラチャラした兄ちゃんか」
狼の人物評に、ようやく御剣は不器用に笑った。
「あの服装については私もいささか意見のあるところだが、一柳検事同様、将来有望な検事であることに間違いはない」
たとえ自分が露と消えても、後に続く者たちがいる。もう一人ではないのだと、死地に向かう横顔はどこまでも晴れやかだ。それもまた、狼には羨ましく見えた。
 そこで、名前を呼ばれ、狼の追憶は遮られる。閉じ続けていた瞼を上げれば、煌々と降り注がれる照明の中、褐色の世界が浮かび上がった。
 廷吏に導かれるまま、狼は半円状に立つ台の内側に入った。真正面からは、見知った裁判官の顔が、静かにこちらを見下ろしている。清澄さと公平さを名に持った彼女を、この席から見上げるの初めてのことだ。
 自分の左側に視線を流す。その先にたたずむ白い顔に、やはり迷いはなかった。挑むように向けられる濃灰色の瞳に魅入られながら、狼は思う。
 まさかこの場所に立つ日が来ようとは。
 父の事件があって以来、法廷を遠ざけてきた。御剣の信念に触れたあとも、傍聴人席に足を踏み入れるのがせいぜいだった。求められた時は部下に任せてまで、この場所を拒んできた。
 それがまさか、このような形で。
 御剣のためにならという、気持ちはどこかであったかもしれない。だがまさか、本当に、この形で証人席に立つ日が来ようとは、想像だにしなかった。この策を御剣に吹き込んだあの白髪の男は、病院のベッドで今なお、壊れ行く自分の体と戦っているのだろう。彼より先にこちらが敗れてしまえば、あわせる顔が無い。
 右に目を向ければ、昨夜のホテルで見た熱い眼差しとぶつかる。負けない、負けられない。そう訴える視線に応えるよう、狼はその目を見つめて頷いた。
 検察側の不正を証明する、もっとも効果的な方法は何か。
 被告人の証言?
 証拠とのムジュン?
 いや、

 現場捜査官の証言こそが、もっとも明白に改竄の有無を物語るのだ。

「弁護側の証人、名前と職業を述べてくださいませ」
「はい、裁判官。狼士龍、国際警察捜査官、当該事件の捜査責任者です」






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キャスト一覧(w)
 狼士龍
 御剣怜侍
 王泥喜法介
 成歩堂龍一
 糸鋸圭介
 宝月茜
 牙琉響也
 一柳弓彦
 水鏡秤
 狼大龍
 神乃木荘龍
 (登場順)


逆転検事(BL) 2016/05/08(日)
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